夜風の中、擦れ違ったお話

WA龍海(ワダツミ)

今でも不思議と怖くない


 秋風が冷たくも暖かくもない、丁度いいくらいの気温の頃だったでしょうか。

 当時大学生だった私はバイトをしており、書店での勤労に励んでおりました。


 そんなある日、大学帰りのシフトの際、夜遅くまで働いていた日のことです。

 夜深い時間であることもあって辺りが暗く染まり、足元の視界もあまりよくない中、田舎道の電灯の明かりを辿るように帰路を歩いていました。

 元々田舎道なこともあって明かりがあっても不気味に見える道ではございましたが、私としてはすっかり慣れ親しんだ道。


 何一ついつもと変わらぬ帰り道。当然ながら特にこれといって怖がることもなく、真っ直ぐ伸びる道をただひたすら普通に歩いていました。


 そんな折、前方で伸びる電柱の明かりの下で影が見えました。

 遠目で少し見えづらかったのですが、人の影であることは分かります。こちらに向かって歩いてきているようで、だんだんと近づいてきているのが見えました。

 まあ、夜遅くとはいえ人通りが全くないわけではありません。こんな時間帯でも人とすれ違うことは全く珍しいことではないのです。


 なので、それを見た私は「あ、前から人が歩いてきている」と思い、ぶつからないよう横に少しだけ逸れる形で歩き始めました。

 辺りも暗いので気持ち広めに距離を取ろうかとも思ったのですが、電灯のおかげで対向者の輪郭が分からないほどではなかったのであまり離れない程度にしていたように思います。


 ともかくそこまで深く考えることもなく、ただ普通に歩いて電灯の下でその人とすれ違いました。

 体格としては少し小太り……と言っても、ほとんど平均的なくらいの男性だったかと思います。真横を通る際、いつもの癖で軽く会釈をして、そのまま歩き去りました。

 ただそれだけのことがあり、それから特に問題もなくそのまま家まで歩いて帰りまして、玄関の扉の前まで辿り着きました。


 そして鍵を開けて中に入り、扉を閉めた瞬間。

 私は身体中から冷汗が止まらなくなりました。


 理由としては単純で、先程すれ違った男性の異常性に気が付いたからです。

 会釈した時、私は気にも留めませんでしたが……後からその光景を思い出してみると、彼には首から上に何もありませんでした。

 要するに、頭が無かったのです。


 普通、頭が無い人間を道端で目撃すればその場で驚くでしょう。恐ろしくて全力で逃げたり逆に足がすくんで動けなくなるということもあると思います。

 しかし、あの時の私は「ああ、頭の無い人だ」と、たた当然のことのように会釈をしてすれ違いました。それがさも当然のことだとばかりに、です。


 異常に気が付かない異常、とでも言えばいいのでしょうか。

 それが解消されたのは玄関へと入ったこの時だけで、その次の日以降私はあの時のことを鮮明に覚えていながらも恐怖や驚きを感じることがなくなりました。


 あの時の男性の正体は未だに分かりません。かと言って単純な見間違いとも思えません。

 ただ、今でもあの時すれ違った首のない男性のことを『普通に首が無いだけの人』として認識しています。



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