第41話 変わらない二人と、母親超え。

「え? 何? 告白、もう終わらせたの?」


 個室で待たせていた都子さんの元へ戻り、俺たちは正式に想いを伝え合ったことを告げる。


 割と長い時間部屋を出ていた。


 その理由を説明するのに、二人でトイレにこもってました、というのはいささか苦し過ぎるだろう。


 だから、包み隠すことなくすべてを正直に話したわけだ。


 本当は、今日の終わりに告白しようとしていたのに。


「……なるほどね。けれど、なんとなく予想してたわ。あなたたち、なかなかここに戻って来ないんだもの。4曲くらい一人で歌ったわよ」


「す、すみません……」


 申し訳ない。


 一人で熱唱する都子さんを想像したら、思った以上に絵面がひどくて悲しくなった。


 これはもう謝るほかない。


「でも、ようやく正式に一緒になれたのね。長かったのか、短かったのか、どちらなのか私にはわかりかねるけれど、とりあえずはよかったわ」


 二人して頷く。


 気恥ずかしい思いはあった。


 正式に一緒になれた、という言葉がくすぐったい。


「それで、これからもあなたたち、監禁生活という銘を打って一緒に生活するの?」


「え……?」


 俺が疑問符を浮かべると、都子さんは続ける。


「だってそうじゃない。付き合ってるなら、大抵は同棲だわ。私とお父さんも飼い主とペットの関係だけれど、その実は愛しに愛し合った夫婦。家族、というのが正しい表現だもの」


「ま、まあ、そうですよね……」


「どうするのかはこれまたあなたたちの勝手だけれど、その辺どうするのかしら?」


 都子さんの視線が俺に刺さる。


 それはそうだ。


 付き合い始めるなら、監禁生活ってのは無理があるのかもしれない。


 そもそも監禁なんてしてないけど、俺が寧子さんとの生活をそうやって称すのは、恋人同士なのを否定するような雰囲気を感じる。


 もしかしたら、都子さんはそれを言いたいのかも。


 だとすると、答えはもう決まってた。


 俺が答えを告げようとした……その矢先だ。


「あーくん……」


 寧子さんが、握っていた俺の手を軽く引っ張ってくる。


 彼女の方へ視線を移すと、上目遣いでこっちを見つめてきていた。


 俺は首を傾げる。


 寧子さんは、背伸びをするように訴えてきた。


「私は……監禁生活のままでいいと思ってます」


「……寧子?」


 都子さんも疑問符を浮かべていた。


 それでいいのか、というような、そんな表情。


 俺も同じだ。


 監禁生活のままでいいの……?


「だって、その方が変わらずにいられると思いますし……」


「……寧子さん……」


「付き合い始めたからって、今の関係を崩したくないです……! 今まで通り、私にたくさん教育して欲しいですし、もっともっとハードなことして欲しいんです……!」


「「……え?」」


 俺と都子さんの声が重なる。


 ちょっと待って欲しい。


 真面目な雰囲気だったのに、展開が一気におかしくなった。


「恋人同士だったら……もう……変に我慢することもなくなりますし……ハァハァ……♡」


「あ……いや、あの……寧子さん……?」

「寧子……あなた……」


「あーくん……い、いえ、仰様……♡ 今日の夜から……寧子のことを徹底的に調教してくだひゃい……♡ わ、わらひは……どんなことも受け入れていきますので……♡」


「「………………」」


「一生をかけて……いえ……たとえこの身が朽ち果てる時が来ようとも……魂レベルであなたに身を捧げます…………なので……♡」


 俺と都子さんは生唾を飲み込む。


 二人して見つめる寧子さんは、過去最高に瞳を病みに染まらせ、恍惚の表情で、


「あーくんも……どうか私のことを骨の髄まで愛してくれると嬉しいです……♡」


「ひ、ひぃ……」


 都子さんが小さく悲鳴を上げる。


 これは完全に母親を超えた証。


 言動、表情、仕草。


 そのすべてが病みの頂点にあって……。


「絶対に……何があっても……逃しませんから……♡」


 俺は、怯えながらも頷くしかなかった。


「ね……♡ あーくん……♡♡♡」






●○●○●○●






 そうして、都子さんを含めた俺たちのデートは終わり、帰り道。


 夕食を食べてから、タクシーでアパート前まで連れて行ってもらう。


 都子さんとはここでお別れだ。


 どうもこのまま帰りの駅まで行くらしい。


「じゃあ、物田君? 寧子のことをお願いね。この子のことをどうにかできるのはあなたしかいないわ。他の男には務まらない。今日確信した」


「そ、それは……ありがとうございます……」


 俺の腕を抱き、腹部を指でイジイジしてくる寧子さんを見ながら、頰を引き攣らせる。


 今から部屋に戻って、俺は愛し殺されるかもしれない。


 どんなことをされるのか。


 よからぬ妄想半分、恐怖半分と複雑な心境だった。


「この子は完全に私を超えていたわ。飼い慣らすのは大変かもしれないけれど、捨てたりしたらダメよ? これはあなたのためを思って言ってあげてるんだから。いい?」


「は、ひゃい……」


 震えながら返事をすると、腕を抱いていた寧子さんの力が強くなる。


 都子さんに対して一言あるみたいだった。


「お母さん、あーくんは私を捨てたりしないです。そこは安心してくださいっ」


「そ、そうかしら……?」


 捨てられない、の間違いじゃないの……?


 と、小さく呟く都子さん。


 それをかき消すように、寧子さんは返した。


「だって、今までもたくさん私を愛してくれていましたから。これからだってもっともっと愛してくれるはずです」


 ね?


 と見つめられるので、俺は高速で頭を縦に振る。


 夜病みの中で、寧子さんの瞳は邪悪な色を灯し、爛々と光っていた。


「本当に……もっと……もっと……ふぇへへへへっ……♡」


 やばい。


 俺、今日死ぬかも。


 タクシーの後部座席に座ってる都子さんも恐怖を覚えたらしく、投げやりに俺へ別れの挨拶をしてくる。


 実の娘なんだから、そんな押し付けるような真似しないで欲しいんだが……。


「じゃ、じゃあね、二人とも! 物田君も、次会う時まで元気でいなさい! 何かあれば私を頼ること! 色々と鎮める呪文を教えてあげるから!」


 鎮める呪文て……。


 まるで娘のことを悪霊か何かみたいに言ってるけど、気持ちはわからなくなかった。


 寧子さんは一人で恥ずかしがってる。


「そんな……お母さん……鎮めるだなんて……♡ あーくんに求められすぎて私がおかしくなるかもしれないから……? 大丈夫だよ……それも全部受け入れるから……♡♡♡」


 ……うん。


 鎮めるのは、あなたの暴走ですけどね……?


「元気でいなさい! それじゃあね!」


 言って、都子さんは運転手にタクシーを走らせてもらい、俺たちの前から去って行った。


 取り残された俺たちは二人きりになり、


「あーくん……♡ ジュン……♡」


「……なんですか? ジュンって……」


「あーくんの温もりに触れ続けて限界を迎えた効果音です……♡ も、もう……が、我慢しなくていいと考えると……く、口から漏れちゃって……♡♡♡」


 脚をもじもじさせて、ハァハァ言ってる不審者さん。


 俺はひたすらに頰を引き攣らせ、言葉を返す。


「……あの……寧子さん? 俺があなたと付き合いたいと思ったのは、そういう行為だけがしたいわけじゃないですからね?」


「わかってます……♡ 徹底的に●奴隷にしてくだひゃい……♡」


 深々とため息をついた。


 そして、隙をついて彼女の唇に自分の唇を重ねる。


 深いものじゃない。


 空に浮かぶ月が綺麗だったから。


 月光の中、想い人とキスするのが憧れで、こんな人でもどうしようもなく好きだから。


 唇を離してから、俺は寧子さんに改めて伝える。


「あなたこそ、絶対に俺の元から離れちゃダメですよ」と。


 真剣に彼女を見つめて。







【作者コメ】

ちなみに、最後キスする時の仰君もヤンな目をしていたのと、そんな彼に口付けをされた寧子ちゃんは無事気絶しました、と。

そのおかげで初夜はお預けになった模様。残念!

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