第40話 救われていたから
「私…………あーくんのことが好きなんです……」
決して大きな声じゃない。
むしろ、それは小さな声での告白だった。
俺たちの傍には、スロットやクレーンゲームの筐体があって。
それらが一定のゲーム音を奏で、向こうの方では受付をしている店員さんが、やって来るお客さんを相手している声が聴こえてくる。
完全な無音ではないものの、寧子さんの小さな声での告白は、俺の耳に確かに伝わった。
ジッと彼女を見つめる。
そうしていると、寧子さんはポツリ、と苦笑いを浮かべながら言葉をこぼした。
「……なんて言っても、私は常日頃からあーくんへ自分の想いを伝え続けていました……。好きですとか、ずっと一緒にいたいですとか……」
「……それは……」
「後悔しています」
「え……?」
ドキ、としてしまった。
その愛情表現が、今は無きものになってしまったのか、と。
つい思ってしまった。
けど、違う。そうじゃない。
寧子さんは続けてくれる。
「本当に心の底から想っていることを伝えたい時、私の口にしていた言葉は、私自身を苦しめてしまうって、よくわかりました。だから、後悔しています」
「……寧子さん……」
「……あーくんは……今日の夜……このお出かけが終わる時に、って。そういう風に言ってくれてましたけど……」
「っ……」
潤みを帯びた寧子さんの瞳が確かに俺を捉え、
「私は……今……この瞬間に……本当の気持ちを伝えたいです」
その水分は、彼女の頬をゆっくりと伝っていく。
「あーくんのことが……仰君のことが……好き。大好き」
――何にも代えがたいくらい。唯一無二の感情として。
「…………え。あ、あれ……?」
「……? あー……くん……?」
戸惑ってしまった。
涙ながらに贈ってくれた、寧子さんの心からの本心。
俺はそれを受け取って、なぜかもらい泣きしてしまう。
……いや、なぜか、ではない。
理由はわかってた。
どうしようもなく刺さったんだ。
懸命な彼女の想いが。
いつも以上にはっきりと。
…………だけど。
「………………あまりバカにしないでくださいよ」
「え……?」
溢れる涙をパーカーの袖で拭きながら、掠れた声で戸惑う寧子さんに伝える。
「……俺からしたら、あなたが軽いと思ってた言葉の一つ一つが大切なものなんです」
「……へ……?」
「好きとか、ずっと一緒にいたいとか、そういうのはもう当然として、おはようからお休み、ありがとうやごめんなさい。全部、全部全部全部! あなたからもらえる言葉は、全部俺の宝物なんです!」
虚を突かれて固まっていた寧子さんの瞳が揺れる。
目元を少ししぼませ、徐々に彼女の口元が震えていく。
「初めて出会った時もそうだ。俺は、ホームシックになってたあなたを元気付けたみたいですが、実際には俺だって寧子さんに救われていた」
「わた……しに……?」
涙声で疑問符を浮かべる彼女に対し、俺は強く頷く。
「俺も……ずっと一人だったから。こっちに来て、一人暮らしを始めて、何でもない風を装ってましたけど、実際には寂しかった」
「……っ」
「そんな時にあなたとコインランドリーで話をして、同じ境遇の人がいたことを知った。一人じゃないってことを知って、本当は嬉しかった」
「……あーくん……っ」
「だから、最後にもあなたへ言った。人文学部の学部棟へ来てください、って。名前を訊くのは恥ずかしくて、でも、もう一度寧子さんと会って、仲良くなりたかったから……!」
フラッシュバックするあの時の感情が事細かによみがえる。
親元から離れて、一人暮らしを始めて。
独立しないといけない、と強く思っていた。
寂しがってる場合じゃなくて、一人の生活に慣れないといけない。
そんな思いでいたから、いつの間にか俺は自分の本当の気持ちに蓋をして、寧子さんに言った言葉すらも忘れてしまっていたんだ。
でも、もう違う。
赤裸々に語ってくれる彼女のおかげで、俺は弱い自分を今認められた。
一人で強くなんてなろうとしなくてもいい。
一緒に、大切な誰かと手を取って成長していけばいいんだ。
「……寧子さん……俺は――」
言いかけたところで、彼女が俺の手を優しく握りしめてくれる。
涙に濡れた頬。
揺れていた瞳は、相変わらず良くない色を浮かべているけれど、それでも俺はそんな彼女のことが好きなんだ。
「……俺は――」
――あなたのことが好きです。心の底から。あなたが、俺に抱いてくれている気持ちと同じくらい。
そう、言葉にした。
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