第39話 本当の告白

 最初、カラオケに行くと都子さんが言った時、俺はそこで何をされるのか、戦々恐々としていた。


 とんでもないセクハラを強要されるんじゃないかとか、寧子さんへの無茶ぶりを要求されるんじゃないかとか、とにかく色々想像したもんだ。


 でも、実際には違った。


 三人で普通に歌を歌って、出てくる点数に一喜一憂するだけ。


 夜に向けてのムード作りが大事なの、なんて言ってた都子さんも、俺に特別何かをしなさいとかは一切言ってこず、ただ楽しい時間だけが過ぎて行く。


 そして、部屋の利用時間が残り30分ほどになったタイミングで、俺は二人にトイレへ行くことを伝えた。


「なら、寧子も一緒ね。飼い主はいつ何時もペットから目を離しちゃいけないもの」


 当然のように言う寧子さん。


 ただ、冗談なのはわかってる。


 俺はわざと呆れたような顔をして、握っていたリードを手から離した。


「寧子さんを男子トイレに連れ込んだら、この後のことが何もできなくなりますよ。デートが台無しになっちゃいます」


「冗談に決まってるでしょ。行ってらっしゃい」


「失礼します」


 軽く会釈して部屋から出る。


 トイレの場所は把握こそしていなかったけど、簡単に見つかって、用を足して手を洗い、すぐに元いた部屋へ戻ろうとした。


 が、そんな折だ。


「――っ!?」


 男子トイレの出入り口。


 そこで、待ち構えるように寧子さんが立っていた。


 まさかいるとは思っていなくて、俺はしっかり驚き、体をビクつかせてしまう。変な声も出してしまった。


「ね、寧子さん……!? な、何でここに……!?」


 問うと、彼女はもじもじしながらすぐに答えを出さず、手に持っているリードをいじらしく触っていた。


 別に引っ張って欲しいとか、そういうことでもない気がする。


 気がするんだけど、何となくその様が放っておけなくて、俺は自分から彼女の持つリードを取った。


 引っ張るわけじゃない。


 ただ隣にいて、誰かがリードの持ち手を握っているという状況を作り出すだけだ。


 だって、さすがに可哀想すぎる。


 リード付きの首輪をしてる女の子が、その持ち手を誰にも持ってもらえずにうろついてるだけなんて。


 見方によれば事故映像だ。いたたまれない気持ちになる。


「……っと……だけ……」


「……?」


 もじもじしていた寧子さんが何かを言ってくれた。


 でも、その声は小さくて、よく聞き取ることができない。


 もう一度言って欲しい。


 その思いを込めて、俺は何も言わずに首を傾げた。


 彼女はそれを察し、改めて思いを口にする。


「ちょっとだけ……二人でお話……しませんか?」


「二人で、ですか?」


「は、はい……。お母さんには……許可をもらったので……」


 言われ、一人でポテトをかじってる都子さんの姿を想像する。


 いや、そうじゃなくて一人で歌ってたり……?


 どっちでもいいけど、少しの申し訳なさを感じつつ、許可されたのならということで寧子さんの提案を了承する。


 わかりました、と頷いた。


「……だけど、どこか場所は別のところにした方が良さそうですよね。ここだと誰か人が来るかもしれませんし」


「そ、そうですね……! ここではない、どこか別のところへ行きたいです……」


 消え入りそうな声で同意してくれる寧子さん。


 そんな彼女を見ていると、胸がざわついてしまう。


 言うべきことは、このデート終わりにすべてぶつけるつもりだ。


 寧子さんも俺がそう決めているのを知ってるはずなんだけど、それはあくまでもこっちの都合でしかないわけで……。


 彼女には、彼女のタイミングというものがある。


 もしかしたら今から……? なんて。


 そんなことを考えてしまっていた。


「……じゃ、じゃあ、行きましょう。場所は……どこでもいいですか?」


「は、はい……。大丈夫です……」




 ――私は……あーくんの行く場所に……どこでもついて行きますから。




 ぎこちなくもそう続けられる。


 普段通り。


 それは、いつもの寧子さんなら当たり前のように言いそうなセリフで。


 けれども、なぜか今その言葉を聞くと、特別な言い方のように思えて。


 俺は、高まる心音の早さを抑えるため軽く深呼吸し、寧子さんの手を優しく握る。


 そして、歩を進めた。


 前へ、前へ。


 話をする場所をどこにするかなんて、明確に何も決めずに。






●〇●〇●〇●






「……じゃあ、ここらで」


 結局、選んだのはカラオケボックス内の受付近く。


 スロットや、小さいクレーンゲームの筐体が置いてある横に椅子があったから、そこへ二人して腰掛けた。


「……」

「……」


 ただ、並んで座ってみても、会話は始まらない。


 寧子さんが俺に何か話そうとしてくれてるのはわかる。


 だけど、言いたいことが声にならない。


 声にするのに勇気がいる。


 だから、苦しんでる。


 そんな風に見えた。


「……寧子さん」


「……!? あ、ひゃ、は、はいっ……!」


 俺が声を掛けると、彼女はビクッとして顔を上げる。


 表情には、動揺と焦りと、困惑の色が浮かんでいた。


 また顔を少しうつむかせながら、もにょもにょと続けてくれる。


「ご、ごめんなさい……。何も言わずに黙り込んじゃって……」


「……大丈夫。謝らなくてもいいです。俺は全然待つので、ゆっくりでもいいから、話したいことを話してくれれば」


 あまり見つめない方がいいのかもしれない。


 俺がジッと見つめたら、寧子さんももっと話しづらくなるかも。


 視線を少し下にやって、俺は自分の膝を見つめた。


「……あの……その……私……」


「……はい」


「……っ……私っ……」


「……っ」


 絞り出すような、そんな言い方。


 彼女は、やっとの思いで、それを口にした。


「私…………あーくんのことが好きなんです……」

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