第38話 飼い主(?)としての成長
その後、俺たちは出されてくる豪華な中華料理を存分に堪能した。
酢豚、エビチリ、
それらすべてが適量で、満遍なく食べることができ、本当に最高だった。
都子さんには感謝しかない。
こんなに美味しいものを御馳走してもらえて幸せだ。
「――ということで、物田君? 昼食も摂り終えたところだし、改めて寧子のリードをちゃんと持って引っ張ること。いいわね?」
……うん。
こういうところが無ければ、本当に幸せ……。
「……あーくん。私なら大丈夫です。たくさん人が行き交う中華街ですが、頑張ってあーくんのペットであることを周りの方へ見てもらいます」
「寧子さん。そこは一ミリも頑張らなくていいところですし、周りの人たちへわざと見せつけるようなこともしなくていいですからね? バレたら補導されそうなので、水族館の時と同じくまた俺の傍にいてください。この変態プレイを他の人に悟られず、ギリギリ致命傷は避けられますので……」
お願いするように言って、寧子さんにくっつく俺。
なるべくリードを持つ手を下へやり、服の色に擬態させる。
寧子さんの首輪も、チョーカーと思われるようひたすら祈ってた。
「あらあら、二人とも距離がとても近いのね。これじゃあラブラブカップルみたいで逆に目立ってしまいそう」
ほんとこの人……。
俺の最大限の努力をあざ笑うかのように、都子さんはニヤニヤしながらこっちを見ていた。
勘弁していただきたい。
実際、都子さんの言う通り、何人かはすれ違いざまに俺たちの方をチラッと見てきてた。
「もう何でもいいですから歩きましょう。今日は朝からこういう事態になることくらい想定してましたので」
そうなのだ。
俺の覚悟を舐めないで頂きたい。
「へぇ~、そう。というか、ラブラブカップルなのは否定しないのね、物田君?」
「っ……! そ、それは……!」
寧子さんがいないのなら速攻で否定してた。
まだ付き合ってる状態じゃない、と。
でも、今の俺はそれがどうにもできない。
今日の夜のことを考えたら、変にここで距離のあるような発言はしたくなかった。
「ま、まあ、どうせ周りからそう見られてるとは思いますし……? だ、だったらここは……そ、その流れに乗ってみるのもいいかな……というか……」
苦しい。
あまりにも苦しい言い分。
自分でわかってるから、俺は言い終わる前に恥ずかしさで死にかけていた。
密着してる寧子さんの顔も見られない。
無言な分、それはそれはまた俺の羞恥心を刺激するような表情をしてるんだろうな、とは思ったりするが……とにかくわからなかった。俺も視線をひたすら足元に向けるだけだ。
「へぇぇぇ~? そぉ~~~? へぇぇぇぇぇ~~~?」
かつてないほど都子さんは楽しそう。
ただ、ダメだ。
このままジッとしていても都子さんに弄ばれて恥ずかしい思いをするだけなので、俺は寧子さんの方を思い切って見て、歩き出そうとする。
……が。
「……っ……」
俺の瞳に映るのは、顔も、耳も真っ赤で、なおかつ固まって放心状態でいる女の子の姿。
何でだろう。
よくわからないけど、俺もそんな寧子さんの姿を目にした瞬間、進めようとしていた足を止めてしまった。
そして、一緒に固まって放心状態。
頭の上から湯気でも出てるんじゃなかろうか。
そう思うくらいに顔が熱くなってたのだが、見かねた都子さんに俺たち二人は手を引っ張られ、気付けば歩き出していた。
●〇●〇●〇●
熱くなった顔と、俺と寧子さんの間に漂い始めてしまった謎の緊張感は、結局その後もしばらく続いた。
いつまでも都子さんに手を引かれてたわけじゃないが、容易に言葉を交わせなくなってしまい、とてもじゃないが二人ではいられない。
初めてだった。
寧子さんと一緒にいて、何を話せばいいのかわからなくなる、なんて現象が起こるのは。
「なら、寧子? まずはあなたからドリンクを入れてきなさい。私は物田君と一緒に部屋にいるから」
「う、うん……」
「あ、でも、その間に私が彼の貞操を先に奪ってしまうかも? うふふっ」
「っ~……!」
中華街を出て、俺たちは目的地の一つだったカラオケボックスに来てる。
寧子さんと目を合わせられない俺は、ひたすらに下を向いて黙っているだけ。
都子さんに冗談を言われてる彼女もそれは同じで、いつもなら俺のことを抱き締めてくる流れなのに、何か言いたげな雰囲気だけを残し、室外へ駆け出した。
呆れたようにため息をつく都子さん。
それは、寧子さんだけではなく、取り残された俺にも向けられたものだ。わかってる。
「本当にピュアねぇ、あなたたち。こんなことで大丈夫なのかしら?」
「……だ、大丈夫……とは?」
「決まってるでしょう? これから先のことについてよ。物田君あなた、寧子と付き合うんでしょう? こんなことでしっかりやれるのか、ってこと」
「っ……」
「寧子も寧子よ。普段はあなたにあれだけ好意のあるような発言を続けているのに、いざその時が近付いたと察すればこれだもの。困りものね」
「……」
「いっそのこと、今からでもあなたがまた本当の姿を見せてあげればどう? 『ほら、何ビビってるんだ、メス犬? 俺様の元へ来い』って戻って来たら言ってあげるの。そしたらきっとペットの血が騒ぐはずよ。服従のポーズをすぐに取り始めると思う」
深々とため息。
都子さんは本当にブレないなぁ、と思う反面、少し緊張感もほぐれた気がする。
思わず小さく笑ってしまった。
「すみません。今の俺にツッコむ権利なんて無いですけど、いつものテンションを戻すためにツッコませてください。娘のことを男のペット扱いするのはやめてください。マジで」
「もう、変態ねあなたも。自分の都合で好きなだけ突っ込ませろなんて、とんだ男の子だこと。いいわ。いっぱい私で気持ちよくなりなさい。許可してあげる」
エンジン全開フルスロットル。
気付けば俺も言葉通りいつものテンションに戻ってて、さらにツッコミを入れていた。
「変な風に言うのやめて!?」と。本当にやめて頂きたい……。いや、マジで……。
「でも、本当にそのくらいでいいのよ。わかる、物田君?」
「……自然体でいろ、ってことですよね?」
俺が問い返すと、都子さんは微笑を浮かべて頷く。
どうやら俺の答えは正解だったみたいだ。
「その通り。良くも悪くも、寧子はあなたに依存しきってるところがあるのよね」
「依存……ですか」
「そ。依存。物田君が必要以上に意識すれば、それはあの子の意思や行動をも引っ張ることになって、結果今みたいな状況に繋がるの」
「……それって結構問題なんじゃ……?」
今度は不正解みたいだ。
都子さんは首を横に振って俺の疑問符を否定する。
「今はそのことについて正解や不正解を決める時じゃないし、それにね、物田君? 何も依存的な関係って、悪いばかりじゃないのよ?」
「……え? それ、本当ですか……?」
「本当、本当。だって、どれだけ依存しようと、相手がそれを何も思わず普通に受け入れていたら、そこに問題なんて発生しないでしょ?」
「……えっと……それって結構強引な論理なんじゃ……?」
思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。
都子さんも俺がそう言うのを知ってたからか、少し笑んで、
「強引かもしれないわね。でも、私とお父さんは飼い主とペットの関係で、ずーっと一緒にいるの。ほとんど共依存みたいなものだわ」
……まあ、それもそうなのか。
「きっと、傍から見たら私たちの関係なんて問題ありまくりに思われるでしょうけど、それでも寧子はこうして立派に育ってくれて、今あなたという男の子を私の前で紹介してくれてる。問題なんて何も発生していなくて、むしろ最高の状況と言ってもいいくらいなのよ」
「…………なるほど」
言いたいことは少しあるけど、まあそこはいい。
実際、俺も本当に都子さんと一緒にいるのを苦しいと思ってるわけじゃないし、寧子さんだとなおさらだ。
どれだけ頼って来てくれてもいい。その分、俺も頼るから、みたいな共依存的な構図が出来上がってる気がする。
それは、これから先もあまり問題にならないと思うし。
「要するに、一般的に悪とされる考えでも、それは前にならえ的な方法で否定しなくてもいいということなの」
「……」
「大切なのは、あなたと寧子がパズルのピースのようにかっちりと合うかどうか。ここなのよ。わかるかしら?」
問われ、頷く俺。
妙に納得感がある。
「だったら、もう後はやることなんて簡単。迷ったり、怖気づいたりしてないで、あなたの方から引っ張ってあげなさい? ちょうどさっきまで持ってたじゃない? リード」
言われ、俺はすぐそこに置いてあった首輪とリードを見やる。
寧子さんは、これを外してドリンクを入れに行った。
……そうだ。本当にその通りだ。
自分の中で気持ちを新たにさせる。
「何度も言うけれど、頑張りなさいね。飼い主君?」
「そこは普通に名前でお願いします……」
お願いし、俺は首輪とリードを掴んでから、ちょうど部屋に帰って来た寧子さんの元に歩み寄る。
彼女は当然困惑し、ドリンクを持ったまま壁際に追いやられる形だ。
……悪くない。
鬱憤を晴らすかのごとく、俺は寧子さんの顔に自分の顔を近付けた。
そして、言葉を口にする。
「寧子さん、何で首輪外して俺の元から離れてたんですか?」
「ふぇ……!?」
「もしかして、俺から逃げようとしてたんですかね?」
「ぅえぇ……!? あ、ああ、あーくん……!?」
「悪い人です。ぜっっっったいに逃がしませんから、早くそこで四つん這いになってください。首輪も付け直します」
「ひゃ……ぅ……」
「ひゃう? 返事、そんなのでしたか?」
「きゃ、きゃぅぅん……♡♡♡」
「うん。いいですね。最高です、その表情」
本格的に自分の中の何かが目覚めたような気がするも、俺はそれが何なのかを明確に理解しようとせず、ただ目の前でいつもの状態になる寧子さんを見つめる。
すぐそこでは、都子さんが親指を上にし、グッドサインを作ってた。
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