第37話 中華料理店でも相変わらずなお母様

 タクシーの中で都子さんが爆弾発言をしてくれたりと色々ありつつも、俺たちは目的地である中華街へ辿り着いた。


 人通りが多く、アーケード状で独特の雰囲気を醸し出しているそこは、本当に異国情緒溢れている。


 派手な装飾と色合いに気圧されそうだが、美味しそうな匂いが何とも言えない威圧感のようなものを忘れさせてくれた。


 俺たちは三人で歩き出し、並んでいる中華料理店や出店の数々を見て回る。


 先導を切ってくれているのは都子さんだ。


 俺と寧子さんは彼女について行く形で並んで歩いていた。


「出店もあって色々気になるでしょうけど、それらは後でゆっくり見ましょう。私たちはお店の中に入って食事をするわよ」


 それ自体は最初から聞いていた。


 せっかくだから、とびっきりに美味しいところで食事させてあげる、と。


 ありがたい話だ。御馳走してくれるって言ってたし、都子さん。


「あーくん?」


「ん……あ、はい。何でしょう?」


 並んでいる出店を見ながら歩いていると、隣にいる寧子さんから袖を軽く引っ張られて話し掛けられる。


「あーくんはこれから何を食べますか? やっぱり、タクシーの中でお話していた好物の麻婆豆腐だったりですか?」


「麻婆豆腐……んん~……どうしようかな……? あまり辛くないものもいいですし、本格的な中華料理屋さんって俺の知らないメニューとかもありそうなイメージなんですよね」


「と言うと……どんなものですかね?」


「そうですねぇ~……」


 問われ、俺は少し宙を見上げて考える。


 考えていると、都子さんがこっちへ振り返って、


「考えなくても、色々と食べられるようにするつもりよ、物田君」


「え……?」


 色々……?


 それはどういうことだ? しかも、考えなくていいって。


「ランチのコースにするの。そうすれば、麻婆豆腐も、青椒肉絲チャンジャオロースーも、色々と食べられるわ」


「そ、そこまでしていただけるんですか……」


「ええ。あなたはもう保野家の一員のようなものだから。根っこからずぶずぶに寧子を愛せるよう、口にするものも私が丁寧に選んであげるわ」


「ほ、保野家の一員って……」


 しかも、言い方が一々気になる。


 これじゃあ俺が都子さんに調教されてるみたいじゃないか……。


「ありがたいですけど……別に俺――」


「そうね。まだあなたが私たちの家に来るとは限らない。あなたの親御さんの意見もあるもの。寧子が物田さんちの人間になることも考えられる。そこは私が少々一方的だったわね。ごめんなさい」


 なぜ言おうとしたことがわかるのか……。


 ていうか、そうじゃないだろ俺。


 そもそもまだ結婚とかそういう話も早い。何を乗せられてるんだ。


「っ……」


 寧子さんの方もチラッと見る。


 いつもならここで郁子さんのセリフに乗っかって元気よく色々言ってくるんだけど、今日はそんな感じじゃなかった。


 黙り込み、胸の前で指をこしょこしょさせ、時折俺の方をそーっと見てくる。


 で、目が合った瞬間に視線を逸らされ、顔を赤くさせていた。


 理由はわかるけど、微妙に調子が狂う。


 頭を掻き、俺も顔を熱くさせてしまっていた。


「さて、ここね。着いたわよ、二人とも」


 辿り着いたのは、二階建てのお店。


 外観は高級感に溢れていて、出入り口の扉もこれまた豪華。


 先に入って行ったマダム集団も皆さん小綺麗で、俺は少し場違いなんじゃないかと思えてくる。


 大丈夫だろうか。パーカーに簡単なコートを着てるだけだが。


「……すごいな……」


 先へ進む都子さんに導かれて入った店内には龍の彫り像があったり、置かれているものも何もかもが中華チックで、これまた目を見張る。


 色々と見て回りたいところだが、ここは博物館じゃなくて料理店だ。


 ボーっとしているわけにもいかず、俺は寧子さんと一緒に都子さんの後をついて行く。


 通された席も、これまた良さげな椅子にテーブル。


 コートを脱ぎ、下の物入れに置き、俺はパーカースタイルになった。それにしても浮いているような気がする。


「ご注文はいかがなさいましょう?」


 俺たちを席まで案内してくれた店員さんが問うてくれ、都子さんがランチのコースを三人分注文する。


 普段はとんでもないことしか口にしないお母様だが、こうして見ると、場に溶け込んでいて一流の女性という雰囲気が凄かった。


 まあ、寧子さんのお父さんを飼ってる側だもんな。普段はこうして都子さんが保野家をリードしてるのかもしれない。


「そうは言っても、やっぱりこういう高級店は不安ね。お父さんがいてくれたらもっと楽なんだけど」


 ……どうやら違うようだった。


 リードしてくれてるのはお父様らしい。


 なるほどだ。


 家に帰れば都子さんのリードに繋がれて犬になる、と。


 ……ほんと、変態しかいないな……保野家……。


「でも、今日は本当にありがとうございます。こんな良さげなところでわざわざお昼を……」


 改めて礼を言うと、都子さんは笑み交じりに呆れ、


「物田君、それはいいのよ。さっきも言ったけれど、あなたは保野家の人間になる――……かもしれないし、何よりも寧子の大切な人だもの。私からすれば、それだけでいくらでも御馳走してあげるレベルよ」


「……ありがとうございます」


「ふふふっ。こういうところは礼儀正しいのね。昨日の夜は私がつついてあげたら、すぐに本能剥き出しでガンガン迫って来たのに」


 さっそく出ました。とんでもない発言。


 変な言い方をしないでください、なんて俺が返そうとしてると、横に座っていた寧子さんが「がっ……!」と明らかに動揺してるような声を漏らす。


 見れば、頬を引きつらせて笑み、顔を青ざめさせてる。


 言わんこっちゃない。盛大に勘違いしてるぞ、この子。


「あ、あ、ああっ、あー……くん……? 昨日……おおお、お母さんと何を……?」


「普通に話してただけですからね? 何も変なことしてません。いつも通り都子さんが変な風に言ってるだけですから」


「変な風に、だなんてひどいわね。久しぶりに昨日は若いオスを感じられたのに」


「ちょっとお願いですから黙ってくれません? お高めの中華料理店でする話じゃなことくらいわかりますよね? わかってますよね?」


 ふざけて両手で両頬を抑えながら言う都子さんに対し、俺は声を抑えながらツッコむ。


 お願いだから自重して頂きたい……。


「でも、話を少し戻すけれどね、物田君?」


「……?」


 ため息交じりに反応する俺。


 横には、最大限席を椅子をくっ付けて、俺の腕を抱いてくる寧子さん。


 警戒の先は都子さんだ。


 彼女は続ける。


「さっき、あなたはありがとう、と言ってくれたでしょう?」


「……ええ。まあ」


「あの言葉、そっくりそのまま使わせてもらうわ。私の方こそありがとう。寧子の傍にいてくれて」


「っ……」


 想定してなかったストレートな言葉に、俺は少し気恥ずかしさを覚えてしまう。


 わかりやすく照れてしまった。


「もちろん、あなたが寧子の傍にいるってことは、あなたの方にもメリットがあって、あくまでそういうことでしかない、なんて言うのかもしれないけれど、それでも私は物田君に感謝したいの。この子、昔から引っ込み思案で、お友達作りにも苦労していたから」


 俺の腕を抱く寧子さんの力がわずかに強まる。


「だから、今はあなたという存在が私にとってもすごく嬉しい。何度も言うわね。ありがとう、物田君」


「そ、そんな急に……」


 どうしたって照れてしまう俺。


 それを見て、都子さんはいたずらに笑み、こそっと呟く。


「ただ、このくらいでそんなに照れちゃダメよ? 本番で使い物にならなくなるから」


「いや、何の話してんですか!?」


 反射的に普通の声でツッコんでしまった……が、そのタイミングで店員さんが料理を運んできてくれ、何とも微妙な空気がそこに漂ってしまうのだった。


 ほんと、最悪だ……くそぅ……。

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