第34話 伝わってる想い

 浴室で気絶している寧子さんの体は、都子さんが拭いた。


 同s……ではなく、監禁しているとはいえ、さすがに肌色を直接明るいところで見て、その感触を体験するわけにはいかない。


 都子さんにはギリギリまで「あなたがやりなさい」なんて言われたけど、さすがにそこは強く断る。


 段階を踏みたいから、という一点張りで貫き通した。……のだが、


『あらぁ〜、この子また大きくなってるわ。一体どこまで成長するつもりかしら〜』


 とか、


『この体が物田君のものにね〜? ふ〜ん?』


 とか、


 とにかく俺を煽るようなセリフを、聴こえるように大きな声でねっとりと報告なさってくる。


 そのたびに、俺は「自分の娘の体を何だと思ってるんですか!?」と鋭くツッコみ続けた。


 本当に何だと思ってるんだ……まったく……。


 で、まあ、そんなことがありつつ、体を拭き終え、バスタオルを巻いてもらってから、俺は半裸の寧子さんをベッドの上まで運ぶ。


 こればかりは俺がやらないといけなかった。


 都子さんが運ぶのは無理だし、恥ずかしいのと、言っちゃダメな感情を強引に押し殺して執り行う。


 しかし、まあ……確かに大きいです。はい。


 見ないようにと言いつつ、どうしたってチラッと見てしまう胸元には、深い谷間ができていて揺れる。


 男の性か、2秒以上見れば以降ずっと目が胸の方に吸い寄せられてしまうので、1秒に留めておいたうえで歯を食いしばった。


 そしたらまあ、


『うふふふっ……耐えなくてもいいのに……我慢してないで見ちゃえ♡ 触っちゃえ♡ 吸っちゃえ♡ どうせ起きないのだから♡』


 と、都子さんが最低な悪魔の囁きをしてくるので、俺は可能な限り高速に、優しく寧子さんをベッドの上に寝かせ、お母様へ詰め寄った。


『あとはもう俺が寧子さんのお世話をするので、都子さんはホテルへ行かれてください。また明日お会いしましょう。おやすみなさい』


『何よあなた、私のことをこの部屋から追い出そうって言うの? あ、わかった。昂った欲望をいよいよあの子へぶつけようってことなのね? だったらいいわ。存分におヤリなさい』


『「や」と「り」をカタカナにして発音するのはやめてくださいね。何もおやりしませんで』


『まったく。通常時だと本当にあなたは腑抜けねぇ。さっきの本気モードを見せたらどうなの? 寧子を徹底的に調教しようとせん飼い主のあなたを』


『何言ってるのか全然わかりませんが、とにかくホテルへ行かれてください。俺もこれから風呂に入りますので』


『お風呂に入って何するの……って、あぁぁん♡ 物田君、そんなところ触っちゃダメよ? あなたには娘がいるんだから♡』


『いや、俺普通にあなたの背の方へ手をやってただけなんですが!? むしろ近寄って触らせてきたのはあなたなんですが!?』


『ごめんなさいね、寧子。あなたの飼い主君、母親の私にまで手を出そうとしているみたい。悪い子ね♡』


『出しますか! 出すわけないでしょうが!』


『母娘丼をご所望みたい♡』


『望んでませんから!!!』


 くだらない(本当に疲れる)やり取りをどうにかこうにか終え、俺は都子さんにホテルの方へ行ってもらった。


 それで今、風呂に入り終え、一息ついたところで、時刻は0時半を指し示してる。


 都子さんがここへ来たのが22時くらいだったから、かれこれ1時間から1時間半くらいやり取りしてた計算だ。


 明日もこういう会話をしないといけないのか、と想像すると、思わずため息をついてしまう。


 そもそも、何をするんだろう。


 どこへ行くのかとかも全然打ち合わせしなかったし、話題として挙がりもしなかった。


 挙がったことと言えば、猥談的なものばかり。


 病み方向においてももちろんだけど、その辺りも寧子さんと郁子さんはそっくりだ。


 本当に寧子さんの様子を見に来ただけなのか、都子さんは……。


「……はぁ……」


 息を吐き、天井を見つめた後、気絶したままスヤスヤ眠ってる寧子さんの顔を見つめる。


「……」


 冷蔵庫の運転音と、掛け時計の秒針を刻む音だけがすべてのこの部屋。


 あとは、わずかに聴こえる寧子さんの寝息。


 今度こそ、寝たフリをしてるなんてことは無さそうだ。


 俺たち以外誰もいないのは知ってる。


 知ってるけど、俺は周りを見渡し、何も問題ないのを確認してから、眠る彼女を見つめてボソッと呟いた。


「……好きです……寧子さん……」


 暗くなっている外は、どことなく冬の訪れを感じさせるような風が吹き、二人きりの部屋の窓をコツコツと小さく叩くのだった。






●○●○●○●






 翌朝。


 とりあえず掛けておいた8時半のアラームで俺は目を覚まし、いつも通りなるべく無造作に動かず、首だけを動かして状況を確認する。


 見ると、寧子さんは既に外行き用の服に身を包み、テーブルの上に鏡を置いて、メイクをしていた。


 俺が起きたのを察すると、背をビクッと反応させ、


「あっ、あーくん……! お、おお、おはよぅ……ごご、ございましゅ!」


 ぎこちない様子でご挨拶。


 どうしたんだろう、と思うものの、すぐに何が原因なのか察した俺も、顔を熱くさせながら同じように下を向いて返した。


 おはようございます、と。


「え、えっと……その、か、体の方は大丈夫ですか……? 昨日は気絶したまま眠ってたまたいですけど……」


「だ、だだ、大丈夫……です。目覚めた時は……いつもと変わらず……スッキリとしてました……」


 それならよかった。


 上体を起こし、俺はぎこちないまま作り笑い。


 寧子さんは耳まで真っ赤にし、俺へ背を向けたまま、さっきから同じところばかりメイクしてる。


「「…………っ」」


 そしてこの沈黙。


 これはマズい。


 非常にマズい。


 今までにこんなことなかったし、絶対にこれは昨日の俺のセリフが寧子さんに聞かれてたやつだ。


 思わず頭を抱えてしまう。


 尋常じゃないくらい恥ずかしい。


 穴があるなら入りたいレベル。


 俺は……俺は……!!!


 と、羞恥の中でもがいていた時、寧子さんのスマホへ電話が入る。


 どうもそれは都子さんからみたいだ。


「ご、ごめんなさい……ちょっと電話に出ますね……」


 消え入りそうな声で言う寧子さんに対し、俺は頷いてソワソワしたまま黙り込む。


「お、お母さん? うん。おはよう。うん」


 今日の予定を話し合ってるんだろう。


 まだ一日も始まったばかりだというのに、俺は果たして今日を乗り越えられるのか……?


 自分に問いかけてしまう。あまりにも不安だから。


「わかった。じゃあ、ホテルの前まで私たちで行くね。うん。うん。……へ!? な、無いよそんなのっ!」


 ……何だ?


「そ、それは……そうなってくれたら……私は嬉しいけど……」


 そっとこっちの方へ振り返ってくる寧子さんと目が合い、俺はドキッとしてすぐさま逸らす。


 彼女も同じだ。


 二人して、今は見つめ合うことすらできなかった。


 重症だ。


「……じゃ、じゃあ……すぐに行くから……。うん……また後でね……」


 寧子さんは電話を切り、


「っ〜……」


 一人頭を抱えながら悶える。


 波乱の一日が遂に始まった。


 俺は、確実に何かが起こる今日を予想し、静かに緊張で震えるのだった。

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