第33話 類は恋人を呼ぶ。

「それでですね、物田君。私の時はお父さんがマゾ犬だったのです。今はこの歳ですし、たまにしかやりませんが、昔はよくパンツだけを履かせたほぼ全裸状態で、夜の公園を一緒に散歩していました。もちろん、四つん這いで首にリードを付けたスタイルです」


「は、はぁ……」


「感慨深いですよ。そんなお父さんのマゾの血が娘に引き継がれるなんて。成長したのね、寧子。ぐすっ。お母さん、嬉しいわ」


「泣かないで、お母さん。はいこれ、ティッシュ」


「ありがとう。高校生の時のあなたは、暗くて、常にビクビクしているような感じだったから、お母さん不安だったの。物田君、寧子をよろしくお願いしますね? この子がこんなに明るくなったのも、すべてあなたのおかげでしょうから」


「よ、よろしくお願いしますね、って……そんなのもう……」


「よろしくお願いしますね?」


「はい」


 都子さんの圧に屈するしかない俺は、素直に頭を下げた。


 隣にいる寧子さんは、なぜか自分で首輪を付けていて、さっきから俺にリードを持たせようと控えめにアピールしてくる。


 俺はそれをひたすら無視してたんだけど、あんまり無反応なのも可哀想になってきたので、それを持ってあげると、嬉しそうに頭をすりすりしてきた。


 そのせいで髪の毛が乱れるので、仕方なく手で整えてあげる。


 都子さんはそれを見てか、ニヤリと笑みを浮かべた。


「いいわねぇ、物田君。そういうさりげないスキンシップが調教に繋がるの。もっとよ、もっと寧子に触ってあげなさい」


「……あの、一応ご自分の娘さんですよね……? 調教とか……なんかあんまりそういうこと言わない方がいいんじゃ……?」


「何言ってるの? あなたは『飼い主』としてまだまだ全然足りてない。そこを私が特訓してあげないといけないのだから、色々口出しするのは当然だわ」


「……えっと……そういうのはどうでもいいんですけど……寧子さんの意思は……?」


 俺が言うと、都子さんは寧子さんの方を無言で指差した。


「あーくん……あーくん……でゅへへへぇ……♡」


 ……なるほど。


「こんなに幸せそうなんですもの。余計な心配はいらない。あなたは自分のことだけ気にしておきなさい」


「別に俺は……」


「わかったのかしら? 立派な寧子の飼い主になりなさい?」


「は、はい」


 またしても圧に屈する形。


 もはや逃げ場などどこにも無さそうだった。






●○●○●○●






「それで、物田君? ここへ来る前から聞こうと思っていたのだけれど、どうして寧子を監禁するに至ったのかしら?」


 遂に来たか。この質問。


 俺が皿洗いをしている中、都子さんは隣に立って問うてくる。


 寧子さんは入浴中なので、今は二人きりだ。


 生唾を飲み込み、しかし手はしっかりと動かしながら答えた。


「実は俺、寧子さんにストーカーされてたんですよね」


「へぇ、ストーカー。あの子が」


 あの子が、って……。


 今までそういう素養はなかったのかな。


「……まあ、それが結構長い期間続いてたんです。6月くらいから、本当に最近までなので……4、5ヶ月ですか」


「頑張るわねぇ、あの子も。私ならとっくの昔に捕まえて、こっちから監禁なりガンガンアプローチかけてたと思うわ。……絶対に離さないってくらいに」


 素直に震えた。


 邪悪に光る瞳の病み具合は寧子さん以上だ。


 本当にお父さんは最初苦労されたんだろうなぁ……今はすっかり染め上げられてるみたいだけど。


「そ、そういうわけでですね、ストーカーされてた俺は、四六時中監視されてるような状況に耐えられなくなって、遂に寧子さんをこっちから捕まえてやろう、っていう決心をしたんです」


「なかなかに変わった決心よね。私のようなストーカーする側が監禁しようとするならわかるけど、追われてるあなたから、なんて」


「冷静に考えると自分でもそう思います。何考えてんだろ、って」


「その時は冷静じゃなかったのね。たぶん、恐怖もあったんでしょ?」


 都子さんに言われ、俺は頷く。


 ヤバい人なのに、こういうところはわかり手で、なんだかんだお母さんしてるんだな、とか思ったりする。


 寧子さんもヤバい人だけど、細かい心配りとか本当にしてくれるもんな。


「あと、こう言っては何なんですけど、ストーカーしてるのがどんな人なのかも知りたかったんです」


「勇気あるわね。見た目そんな強そうではないけれど」


「見た目に関しては放っておいてください……」


 蛇口の水を止め、洗った皿を布巾で拭いていく。


 拭きながら、話を続けた。


「それまでずっと、寧子さんは俺に料理を作ってくれてたんですよ。三日に一回くらいのペースで、玄関扉のところに作ったものを置いててくれて」


「え? それはあの子があなたをストーカーしてる時のことよね?」


「そうです」


「あなた、それを食べてたの?」


「……は、はい」


 へぇ、と感心したように見つめてくる都子さん。


 いや、俺も大概ヤバいことしてるのはわかる。わかるけど、一回試しに食べてみたら死ぬほど美味しくて、しかも体に無害なのがわかったから食べ続けちゃってたんだ。実際、とんでもないものを入れられてたかもだけど。


「物田君」


「は、はい。何でしょう?」


「やっぱりあなた、寧子の夫になる適性をちゃんと持ち合わせてるわ。今すぐ結婚なさい」


「け、結婚て……! そもそも俺、まだ寧子さんとは恋人同士でもなくて……」


「じゃあ、今すぐ恋人になりなさい。あれだけあなたにデレデレなんだもの。押せば一発よ」


「そ、それは……」


「何ならその日のうちに子どもだってできちゃうかもしれないわね。お父さんに連絡しておいた方がいいかしら。寧子がオメデタですって、って」


「お願いですからやめてください……」


 いくら何でも気が早すぎる。


 色々すっ飛ばしすぎだ。


「何、あなたはあの子と付き合いたくないのかしら? 我が娘ながら、すっごく男の子が好きそうな卑猥な体してると思うのだけれど?」


「だ、だからやめてくださいよ、そういうこと言うのは!」


「今ちょうどお風呂に入ってるし、あなたも浴室へ行ってきたら? 一撃でその気になれると思うわよ?」


「ほ、ほんとにやめて、郁子さん!」


 実の娘なのに何を言ってんだこの人は。


 危うく持っていた皿を落としそうになった。トンデモ発言すぎるよ。


「そ、そういうのは俺の中で無しなんです……寧子さんの好意に付け込んで無理矢理……みたいな」


「無理矢理じゃないわよ。というか、どちらかと言うと寧子は無理矢理を望んでそうだけれど」


「っ……」


 否定しきれないのが何とも言えない。


 俺に無理矢理やられて嬉しそうにする寧子さんを想像すると、途端に色々な部分が爆発してしまいそうになるので、頭を振って妄想を霧散させる。


「つ、付き合ってからだったらいいと思うんです。付き合ってからだったら……彼女の要望を聞いてあげるのは彼氏の役目だと思うし……俺は全然……」


「付き合う前はちゃんと段階を踏んで、ということかしら?」


 頷く。


 するとまあ、都子さんはため息をついた。


「あなたピュアねぇ。でも、悪くはないわ。寧子もあなたのそういうところに惹かれたのかもしれないし」


「そう……なんですかね」


 わからない。


 でも、寧子さんが俺なんかを好きになってくれたきっかけ、これだけは知ってる。


「だけど、ちゃんとアタックする時はアタックしなさい? いつまでもウジウジしてるのは、いくらあの子相手でもダメ。それは寧子が可哀想だから」


「そ、それはわかってます。俺はちゃんと……そ、その……寧子さんが好きなので」


 言った刹那、浴室の方でカタカタッと不自然な音がした。


 まさか寧子さんに聴こえたか、と思うものの、シャワーの音はしてるし、そんなことはない……はず。


 俺の傍にいる都子さんはクスッと笑った。


「よろしい。それが聞けただけ良しとしましょう」


「……近いうちに告白はするつもりです。寧子さんのこと……誰にも取られたくないし」


「そうね。だけど、ゆっくりしてたら取られるかもしれないわ。気を付けなさい」


「させません。そんなこと」


「……?」


 寧子さんが誰かに取られる。


 そんな状況を想像して、俺は自分の中の黒い感情をそのまま口にしてしまっていた。


「もし、寧子さんを取ろうとする人がいたら、俺はその人を●●●●して、●●●するかもしれません」


「……物田君?」


「生かしてはおきませんよ。さらに●●●が●●●で、●●●●をズタズタにして」


「……」


「は、はははっ! ●●●するのもいいかも! ていうか、寧子さんにもしっかり伝え直さないと! 遅くなってごめんなさい、俺はあなたのことが好きなんですよ、って、これでもかってほどに! ふ、ふふっ、ふふはははっ!」


 言った後、なぜか都子さんが俺の肩に手を置き、「合格」と一言呟いて向こうの部屋に歩いて行った。


 発言の意図がよくわからなかったけど、疑問符を浮かべた直後に浴室の方から大きな音がした。


 心配で見に行くと、そこには全裸のまま鼻血を出して気絶してる寧子さんの姿があった。

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