第32話 とんでもないお母様だった件
今までの人生で緊張したことなんていくらでもある。
部活、テスト、何かしらの発表。
ただ、そんな緊張経験の中でも、今俺が直面している状況は群を抜いてとんでもない。
「っ……」
「…………っ」
俺と寧子さんが並んで正座する対岸。
向かい合って丁寧に正座している綺麗な女性は、これでもかというほどにオーラを放っていたのだ。
「久しぶり、寧子。あなた、夏休みにも実家の方に帰ってこなかったから、かれこれ半年ぶりね。元気にしてた?」
上品で耳触りのいい声。
容姿の方も寧子さんと同じくらい美しく、彼女の艶のある瞳と目を合わせようとすると、一瞬で恥ずかしくなってこちらから逸らしてしまう。
これが寧子さんのお母さんだった。
「元気……にはしてました。おかげさまで」
「おかげさまで、ね。それは、そちらの男性に監禁されていたから?」
見つめられ、俺はドキッとして肩を震わせる。
違う、と言って否定したい気持ちもあったが、俺たちは二人で本当のことを言うと決めたんだ。
ここで正しいことを言おうと思う。
言おうと思うんだけど……まずは最初に訊いておかないといけないことがあった。
俺は緊張しながらも口を開く。
申し訳なさげに手を挙げた。
「……あの、少しいいですか?」
「何かしら? 寧子のドM心を開花させた飼い主君?」
「っ……そ、その呼ばれ方は少々不服ですが……質問させてください」
「いいわよ。許可します」
「寧子さんのお母さんは……都子さんは……明日の午前にここへくるご予定でしたよね……?」
「ええ、そうね」
「では、どうして一日早いこの時刻に……? もう、結構遅いと思うのですが……」
「ご迷惑だったかしら?」
「あっ……そ、そんなことはないんですが……」
ぎこちなく言うと、都子さんは俺の気持ちを見透かすかのようにクスッと笑み、
「わかっているわ。それはそうよね。こんな時間に来訪するなんて想像もしてなかったでしょうし、あなたたちは私の前でいい格好をするために二人で何かしら準備をしようとしていたと思うの」
「い、いや……」
「でも、そんなことはさせない。前日の夜という予想外のタイミングにあなたたちの元へ行き、丸裸の状態を見てやろうと思ったの」
「えっ……」
「そしたらやっぱりこのザマね。寧子の恰好。これは何かしら?」
変な恰好ではないと思うのだが……。
もこもこのパーカー姿。寧子さん。
「緩すぎるでしょう!? 全然監禁感無いじゃない! こんなのもはや同棲よ! あなたたち、舐めているの!? ふざけているの!?」
「「ひぃっ!」」
同時に悲鳴を上げる俺と寧子さん。
痛いところをさっそく突かれてしまった。
「監禁といったら普通檻でしょう!? どこにあるの、檻は! 物田君!? どこ!?」
「あっ、はい! え、えっと、檻は……あ、ありません!」
「ダメじゃないあなた! 監禁するのならもっと徹底的にしないと! 期待し過ぎた私がバカだったわよ!?」
期待って何の期待だよ……。
心の中でツッコむも、それを声にはしない。
声にすれば余計面倒なことになる。
「寧子! あなたもあなたよ!」
「ひゃ、ひゃい!」
「私の娘でしょう!? 物田君が至らないのなら、奴隷としてあなたが飼い主様をリードしないと! 何一緒に同じテーブルでご飯を食べているの!? あなたは精々ドッグフード入れに料理をよそってもらって、それを犬のように食べるの! わかる!?」
「で、でも、あーくんにそんな夢みたいなことを押し付けるのは……」
「だったら懇願するのよ! ひっくり返って服従のポーズをとって、甘えた声でお願いなさい! そうすればお願いを聞いてもらえるどころかマーキングだってしてもらえるんだから!」
「は、はぃぃぃ!?」
本格的に何言ってんだこの人は!?
思わず声を裏返らせてしまった。
マーキングなんてするか。したいけど……じゃなくて、無理やりなんて絶対ダメなんだから!
「ごめんなさい……ごもっともです……さすがお母さんです……」
寧子さんも反省しないでいいよ!? 絶対にそんなことしなくていいんだから!
「わかればいいの。次からそうしなさい。体の奥深くに、徹底的に刻み込んでもらいなさい。あーくん様のものです、って」
本当に黙っていただきたい。
これ以上寧子さんに変なことを吹き込まないでくれ。頼むから、お母様……。
「……はぁ……」
小さい声でため息をつく俺だったが、それが都子さんにバレてしまう。
キッと睨まれてしまった。マズい。
「物田君、あなたには私から渡すものがあります」
「わ、渡すもの……ですか?」
「ええ。これよ」
言って、上品なバッグから何か本のようなものを出し、それを俺に渡してくれる。
「っ……」
が、タイトルを見た瞬間に俺は頬を引き攣らせた。
【狂愛志望者必見! 最高のメス犬飼い主になる方法! 〜上級者編〜】
その場で床に叩きつけようかと思った。
が、さすがにそれはできない。
なるべく表情に笑顔を浮かべつつ、ぎこちなく本を手に取ったまま都子さんに問う。
「え、えっと……これは?」
「ここへ来る前、私がとある筋から入手したものです。あなたはまだまだ未熟です。これを読み、立派な寧子の飼い主、もとい旦那様になりなさい」
「だっ!?」
「お、お母さん!?」
一気に顔が熱くなっていく。単純だ。
単純だけど、それは寧子さんも同じだった。
耳まで赤くさせている。
「お、お母さん……そんな……そんなの急だよぉ……」
そうだ。急だ。
寧子さんも娘としてガツンとここは一発言ってあげて欲しい。
「立派な飼い主様だなんてぇ……♡」
いやー、そっちかー。そっちだったかー。
俺はもう、一人で肩をガクッと落とした。
終わってます、この親子。
頬をだらしなく緩める寧子さんに、都子さんは「それで寧子? 料理を作る時、ちゃん体液は入れてる?」なんて訊いてるし。
今すぐにでも逃げ出したい。
逃げ出して夜風に当たりたい。
じゃないとこっちまでおかしくなりそうだ。
二人の雰囲気に流されてしまいそう。
「どこへ行くのかしら、物田君?」
立ち上がったところを都子さんに呼び止められる。
「コーヒー淹れます。飲み物もまだ何も出してなかったですし」
「あっ……♡ 大丈夫ですご主人様♡ ダメス犬の私がコーヒー淹れ淹れするワン♡」
「なんか喋り方おかしくなってません、寧子さん!?」
声を大にする俺に対し、寧子さんは犬のごとく頭をぐしぐしくっ付けてきながら擦り寄ってきた。
ちなみに、目はガチである。
病みドMメス犬って、属性モリモリ過ぎて頭が痛くなってきた。
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