第30話 お母さんのヤバさ
翌日、朝起きて。
隣で寧子さんが寝てるのはいつものことだから、そこはもう何も言わないとして、俺は一人で昨日のことを思い出す。
寧子さんのスマホにかかってきた一通の電話。
それは彼女のお母さんからだった。
「……はぁ……」
思わずため息をついてしまう。
というのも、その電話の内容というのが非常に困ったものだった。
俺は直接電話してたわけじゃないから細かくはよくわからないけど、どうも寧子さんのお母さんが近々こっちへ来るらしい。
もちろん来るだけならいい。
親として、愛娘が上手く一人暮らしできてるのかとか、その辺りのことは気になるだろうし、なんら不思議じゃない。往々にしてあることだ。
ただ、ここからが大いに余計で面倒だった。
電話口で寧子さんに、
『彼氏はできた?』
なんて堂々と訊いてきて、
『彼氏は……いないけど、今監禁してもらってるの』
と、堂々と寧子さんが暴露した。
俺はもう、瞬間的に変な声を出してしまう。
寧子さんには一度自分のアパートに帰ってもらわないといけないな、と思ってたのに、それをまさか監禁されてるなんて本当のことをバッチリ言われるとは微塵も思ってなかったわけだ。
案の定、電話口から微かに聞こえてくるお母さんの声は厳しそうな感じのものに変わり、
『それは一刻も早く行かなきゃね』
とのこと。
愛情深いお方だと寧子さんからは聞いていたので、俺は殺処分されてしまうかもしれない。
恐怖に震え上がり、電話が終わった後も震えていると、寧子さんが頭を撫でてくれ、気付けば俺はベットで寝ていた、という形だった。
すぐ真横で寝ている彼女は、さすがに裸ワイシャツとか、全裸じゃない。
猫耳付きのもこもこパーカーに身を包み、俺の腕にしがみついていた。
もう少し離れてもいいんじゃないか、とは思うものの、季節が季節だ。
寧子さんが傍にいてくれると温かい。
身も…………こ、心も……。
「……もう……ほんとに……。どうしてくれるんですか……? 寧子さん……?」
彼女が寝ているのをいいことに、俺はボソボソと囁くようにして言ってやる。
もちろん、寧子さんは起こさないように、だ。
「あなたのせいで俺……死ぬかもしれないんですよ……?」
「……すぅ……すぅ……」
「こんな温かそうなパーカー着て……猫耳も付いてて……」
「……すぅ……すぅ……」
「…………まあ、似合ってるんですけど……」
「……すぅ……すぅ……」
「……か、可愛いし……」
「す、すぅ……す、すすぅ……」
一定だった寝息のリズムが途端に崩れ、目を閉じたまま顔を赤くさせる寧子さん。
ただ、それは寧子さんだけに限った話じゃない。
俺もしっかりと赤くなっていた。
安定の流れである。
そろそろ学習したらどうだろう。
本音とはいえ、こうやって恥ずかしくなるんだし、俺も……。
「え、えーと、今日は俺、三限からだし、二度寝でもしようかなー……!」
「……」
「そ、そうしようそうしよう。おやすみー」
わざとらしく言って、俺は目を閉じる。
……が。
「……っ……」
俺の鼻の先をツンと突いてくる指が一つ。
誰かなんて疑う余地もない。
目を閉じたままでいようかと思ったけど、さすがにそれは無理だった。
ゆっくりと、気まずい感じで目を開ける。
そこには、はぁはぁしていない、しおらしい美少女がいた。
横になった状態で、ジッと上目遣いをしながら俺を見つめてくる。
「……お、おはようございます……あーくん……」
「おはよう……ございます……寧子さん……。起きてたんですね……」
恥ずかしそうにしてる寧子さんだけど、俺はもっと恥ずかしかった。
起きてる本人を前にして、『可愛い』なんて言ってしまったのだから。
「……起きてましたよ……? 基本的に私はあーくんより早く起きてますから……」
「ありがたい情報助かります。次から本当に気を付けます」
「あっ……。でも、そうやって言ったら、あーくんが今度から眠ってる私にこっそり……みたいなシチュも堪能できなくなりますね……」
「……まあ、そうですね」
「今の発言、聞かなかったことにしてもらうのは……」
「さすがに無理そうです。完全に脳にインプットされました」
「ぅぅぅ……そんなぁ……」
心底残念そうにする寧子さんに、俺も一瞬心が揺らいでしまう。
やっぱり聞かなかったことにしてもいいか、と思うものの、寸前のところで正気に戻った。
ここで甘くなるのはどう考えても不自然だ。
まるで俺自身もそういうシチュを楽しみたい、と言ってるようなものになる。
申し訳ないけど、残念でした、という姿勢を貫かせてもらった。
「やっぱり、私はまだまだですね……。お母さんみたいに、お父さんを沼に落とすほどの魔性さを持ち合わせることができません」
「……? 沼に落とす……魔性さ?」
俺が疑問符を浮かべると、寧子さんは頷いた。
頷いて、んしゅ、とくしゃみをする。
布団を頭の方まで被せてあげて、ティッシュも渡してあげた。
口元を隠し、目元だけが見えてるスタイルだ。
面白くて、つい笑んでしまう。
寧子さんはもごもごしながら続けてくれた。
「一度言ったかもしれません。元々、お父さんはお母さんほど好きな人を重く愛するタイプではなかったのですが、日々を重ねていくうちにどんどんお母さんに染まっていき、結果的に病的な愛情を向けるようになっていったんです」
「う、うん。確かにそれは一度聞きました」
「お母さんのする、お父さんへの接し方はすごかったんですよ? 作る料理の何から何まで体液を入れていた、と最近告白されまして」
「え、えぇぇ……? う、嘘でしょ……?」
「本当です。私の食べる料理には入れてなかったと言ってましたが、お父さんのものには必ず入れていました。結果的に、私が高校生になった時くらいだと、毎朝目の前でルーティンみたいに唾液交換してましたね」
「地獄過ぎません!? 何その最も目の前で見たくないルーティン!」
俺が寧子さんなら膝から崩れ落ちてそう。
そんな現実があっていいのか。せめて子どものいないところでやりなよ……。
「他にも色々なことがありました。互いに傷ができた時は舌を使って舐め合い、今日話しそうな異性の人数を教え合って、その人数×10分愛し合うこと、と堂々と約束してたり」
「ヤバ過ぎるでしょ! 寧子さん、よくそんなの耐えられたね!?」
「耐える……というか、もはや日常です。私もあーくんと結婚した暁にはこういう生活を送りたいなと思ってますよ♡」
「いや、俺はそんなの絶対嫌だよ!? 困るよ!?」
「ふふふ……♡ 大丈夫です……♡ お父さんも最初はそうやって言ってたみたいなので……♡」
絶対に俺はそんなことになってたまるか、と思いながら拳を握りしめる。
が、寧子さんは妙にもじもじして赤面。
俺が疑問符を浮かべると、彼女はクスッと笑った。
「そんなの嫌、ですか。あーくん……♡」
「……? そ、そりゃまあ……はい」
「嫌なんですね。ふふふっ。そういう生活だけは嫌、と。うふふふっ♡」
「……???」
嬉しそうにニコニコする彼女を見て、俺はひたすら首を傾げるしかなかった。
寧子さんが笑んでいた理由を知ったのは、そこから数分後のことだ。
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