第29話 お母さんからの電話
「というわけで、あーくん。風邪を引いたり、気絶したり、色々と私のことでご迷惑をお掛けしてばかりですが、改めてあーくんの奴隷として精進していきますので、よろしくお願いします」
「別に奴隷として精進しなくてもいいんですけどね……ストーカーさえやめて頂ければ……」
「でもでも、私はあーくんを一秒でも多く見ていたいんです。今のようにして」
「じゃあ、それは俺がこの家からいなくなって、どこか他のところに行けば、もれなくついて来るということでよろしいですか?」
「はいっ、よろしいですっ♡」
「たとえどんな場所に逃げようとも?」
「たとえどんな場所に逃げようとも♡」
「地の果てまで?」
「地の果てまで♡」
「じゃあ、もしも僕が誰か女の人と同棲なんかしたりすれば?」
「刺し●します」
「……(汗)」
「あっ♡ もちろんその女をですよ? あーくんを刺したりなんてこと、絶対にしません♡ そんなの、悪いのはあーくんをたぶらかす女に決まってますから♡」
本気だった。
目に迷いがない。
「そもそも、私がいるのにあーくんに手を出すなんて、怖いもの知らずにも程がありますよ。ぜっっっっっっっっっっったいに許しません♡」
「あ……う、ぅぅん……」
「あーくんも簡単に騙されないでくださいね♡ いつも傍には私がいて、求めることは何でもしてあげますので♡」
「は、はい……」
「何でも……ね♡」
何だろう。
俺はこの人を監禁する側なはずなんだけど、気が付けばこっちが知らない間に寧子さんという檻に閉じ込められてたような、そんな感覚に陥った。
無事でいるには、寧子さんとだけずっと一緒にいるしかない。
でもまあそれは願ったりというか……。
いや、ちゃんと俺も俺で使命は果たさないと。
どうにかして彼女のストーカー癖だけでも治す。
そこだけは譲っちゃダメだ。
譲っちゃ……ダメ。
「ではでは、あーくん。お話もいいですけど、私の作ったいっぱいラブ♡なポトフをぜひ召し上がってみてくださいっ。あーくんのために、いっぱいいっぱい、これでもかというほどに想いを込めましたのでっ」
「う、うん。いただきます」
挨拶して、スプーンをスープの中に浸ける。
彼女の発言に色々ツッコみたいところはあるけど、作ってくれる料理だけは本当に美味しそう。
感謝してもしきれない。
「本当はありとあらゆる私の体液を入れたかったのですが、今日はあーくんが間近で見てくださってたのでそれもできませんでした……♡ 残念です……♡」
「残念に思わなくていいですからね、それ。100点満点の料理が一気に0点になるので」
「うふふっ♡ 私、知ってます♡ あーくんは照れ屋さんなので、こういう時に本音を隠しちゃうんです♡ わかってますよ、本当は次の機会に入れて欲しいんですよね♡」
「何もわかってないですよ、寧子さん。俺の本音は体液入れないでください、ですからねー?」
「あぅぅ……照れてるあーくんも可愛いです……♡ そういうことなら、いっそ直に……♡」
「聴こえてますかー?」
直に、じゃないよ。直に、じゃ。
いったい俺はそれ、どういう状況に陥ってるんだ。
とんでもないことになってる自分を想像しつつ、あまりにもR18が過ぎるので、俺は頭を軽く横に振って、妄想を霧散させる。
一瞬、悪くないかも、とか思った自分を殴りたい。
そういうのを一度受け入れてしまえば、俺たちの関係は、遂に戻れない危険領域まで達してしまう。
それだけは何としてでも避けないと。
「……まあいいや。改めて、いただきます」
「はーい、ご主人様♡ 召し上がれ♡」
「ご主人様じゃないですってば……」
呟きつつ、俺はポトフを食べる。
「ん……!」
「どうですか? 美味しいですか? お口に合いますか?」
一転して、どこか不安げな瞳でジッと見つめてくる寧子さん。
こういうところは健気ですごく可愛い。
彼女の不安を煽るのも悪いので、俺は素直に料理の感想を伝える。
「すっっっっっっっ……ごく美味しいです。今まで食べたポトフの中でも一番かなって思うくらい」
「……! ほ、本当ですか……!?」
「本当ですよ。いくらでもいけちゃいます」
「っ〜……♡」
はわぁ〜、と頬を緩める寧子さん。
不安げだった瞳も、今度はどこかラリってるような感じになり、こっちが不安になる。
口の端から涎を垂らし、それをジュルジュル啜っていた。あまりにも美人さんらしからぬアクション。
思わず苦笑してしまう。
「私……たぶんこのために生まれてきました……あーくんに手作り料理を美味しいって言ってもらうために……」
「そ、そこまでですか……」
「そこまでです! はいっ、私の分も食べてください!」
「いや、それは寧子さん自分で食べていいですから。あなたの分ですし」
「っっっ〜……♡ はぁはぁ……♡ うぅぅ……あーくんあーくんあーくん……♡」
「いや、今の俺のセリフで興奮ポイントありました? はぁはぁしないでくださいよ……」
「だってだって……あーくんはいつも私の欲しいモノをくれるんですもん……♡ はぁはぁもしたくなっちゃいます……はぁはぁ……♡」
「……っ」
果たしてそれは本当なのだろうか。
俺は自分でそう思えない。ちゃんと寧子さんの求めてるモノをあげられてる、なんて。
「風邪を看病してくれたのも、すごくすごく感謝していて……きっと私一人だったら寂しくて死んじゃってたと思います……」
「ウサギですか。寂しくて死んじゃうって」
「でも、冗談じゃないですよ? あーくんが傍にいてくれて、私は本当に嬉しい。嬉しくて、ホワホワした気持ちにいつもさせてくれて……」
「……寧子さん……」
「だから、その……」
「……ありがとう。本当に、本当に」
「っ……」
瞬間的に、俺の頭の中で少し前のこと、コインランドリーでの出来事がよみがえった。
そうだ。
そうだった。
本当にこの子だ。
精一杯の感謝を、その儚げな笑顔に乗せて伝えてくれた女の子。
あの時は、帽子を深く被ってて、今よりも前髪が長かった。
でも、見えたその瞳は確かだったんだ。
俺は、寧子さんに……。
「……!」
と、頭の中で言葉を連ねていた刹那、テーブルの上に置かれていた寧子さんのスマホが突如バイブする。
誰かから電話がかかってきたみたいだ。
俺は黙り、電話に出てもらう。
誰だろう。
そう思っていると、寧子さん自身がボソッと呟く。
「お母さん……?」
と。
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