第27話 病的なまでの依存と執着

「あーくんあーくん? 私、今胸の辺りを拭いています」


「……っ……はいはい……解説しなくていいですから……」


「次はお腹を拭きます。……あっ、ひゃぅっ……! く、くすぐったいです……!」


「解説しなくていいですってば……!」


 一夜明けて。


 寧子さんの熱はだいぶ下がり、ほぼ通常体温まで戻っていた。


 いつもよりかはまだ高いとのことなので、現在ベッドの上で体を拭いてもらってる。


 俺は……なぜかそのベットの近くで正座して、彼女に背を向けた状態。


 一時的に浴室の中にこもってる、と言ったものの、傍にいて欲しい、と懇願された。


 通常、厳しい人ならそこは「無理です!」と断固拒否するんだろうけど、俺は甘い男だ……。


 甘えた目で見られ、目の前で可愛く咳をしてみせる寧子さんを前にし、断ることができなかった。


 その場に座り、背を向けてる。


 まあでも、言い訳するのなら、寧子さんにもしものことがあったら大変だ、ということ。


 離れた場所にいて倒れたら、とか考えると、ここにいるのがベストだ。


 ただの風邪でも何が起こるかわからない。


 念には念を、といったところだ。


「はぁ……もう……急かすわけじゃないですけど、早く拭いてください? また熱が出始めたら大変なんですから」


「ですね……。本当なら私があーくんにご奉仕しないといけない身なのに、あんなに甘々に看病してもらって……ぐへへ……♡」


「とても反省してるような顔には見えませんけどね。口元緩みまくってますよ」


「だ、だってだって、仕方ないですよぉ……。あそこまで良くしてもらったら……私……」


「普通ですから。熱の出てる人相手に尽くすのは」


「色々と捗っちゃいます……あーくん執事様概念……はぁはぁ……♡」


「なんかもう元気そうですね。さっそく買った監禁器具使いますか?」


「きゃぅぅぅん……♡ ま……まさかのドS系執事様だなんてぇ……♡」


 埒が明かなかった。


 すっかりいつも通りになってはぁはぁしてる寧子さん。


 ため息ものだけど、俺は振り向けない。


 言葉で急かす。


 早く体を拭いてくれ、と。


「あ、でもあーくん? 私、少し思ったことがありまして」


「……何ですか?」


「前も言いましたが、わたしはあーくんのペット志望でして、メス犬奴隷を目指してるんです……!」


「……へー、頑張ってください(棒読み)」


「頑張ります……! わんわんっ……!」


 いや、鳴いてないで早く体拭き終えてください。


「それに伴ってですね……! いっそのこと、あーくんの前では何も着ない方がいいんじゃないか、と思いまして……」


「……へ?」


「こ、こっ、このままの姿で……く、首輪を付けて頂こうとかと……」


「……」


「も、もちろん外に出る時は服を着たいですが……あーくんが何も着るな、とおっしゃるなら……私は……」


「……」


「め、命令された通り、全裸で外出しようと思います……!」


「……」


「はぁはぁ……♡ どうでしょう、あーくん……♡ め、名案だと思いませんか……? ちょうど首輪も買いましたし……私をメス犬デビューさせて欲しいでしゅ……♡」


「……」


「あーくんのためなら私っ……尊厳も……何もかもっ……ぜ、全部捨てられますので……♡」


「……」


「……? あーくん……?」


「……」


「む、無視しないでくださいよぅ……」


「っ……」


「あーくぅん……!」


 寧子さんを無視していたところ、俺は瞬間的にギョッとするハメになる。


 全裸で、揺れる果実をそのままにした彼女が、うるうるした瞳で横から俺の肩を揺すってきたのだ。


「ぎょわぁぁぁぁぁ!?」


 速攻で強引に別の方を向く。


 思い切り目にしてしまった。


 パイのパイ。


 その先端の形や色に至るまで、はっきりと鮮明に。


「ななな、何してんですかほんとぉ!?」


 声が裏返ってしまう。


 が、寧子さんはそんな俺を物ともせず、えいっ、と腕に抱き着いてきた。


 むにゅん、と柔らかくて温かい彼女の体温が伝わってくる。


 眩暈がした。


 体の熱が一気に上がり、倒れそうだ。


「ねねね、寧子さん!?!? ちょっ、ほんと!!!」


「無視しないでくださいよぅ……! あーくんあーくんあーくんっ……!」


「ちょっ、わかっ、わかりましたから!!! お願い!!! お願いだから腕を離し……ぎょえええ!?!?」


 さらに強くむにゅむにゅさせてくる寧子さん。


 完全に自分の武器を理解してる抱き着き方。


 チラッと見れば、彼女も耳まで真っ赤にしてる。


 それが熱のせいか羞恥心のせいかはわからない。


 どちらにせよ、このままではいけないと思った。


 申し訳ないが、強めに彼女を振り払おうとする。


 だけど、それは思った以上に上手くいかなくて、


「うわぁぁ!」「きゃぁっ!」


 俺たちは、二人揃ってベッドへ倒れ込む。


 ベッドはギシッと音をさせ、俺たちの体をバウンドさせた。


「「っ……!」」


 互いの顔が極端なまでに近くなる。


 吐息と吐息が交わる距離。


 俺も寧子さんも目を見開き、すぐに下の方へそれを移動させる。


 が、俺はそこからさらに別の方へと視線をやった。


 下を向けば、寧子さんの二大果実が思い切りそこにあったから。


「お、俺……!」


 すぐに立ち上がろうとするものの、寧子さんに止められる俺。


 待って。


 そう言う彼女の声は、どこか真剣に聞こえて、俺は思わず動きを止めてしまった。


 そのまま、華奢な彼女に抱き寄せられ、さっきの位置まで顔を戻す。


 心臓がかつてないほどバクつき、呼吸が荒くなる。


 目の前には、潤んだ瞳で切なげに俺を見つめる寧子さんの顔。


 近くで見れば、よりその美人具合がわかる。


 俺は……こんな女の子にいつも……。


「……あーくん……」


「……は……はい……」


 くっついている胸と胸。


 恐らく、俺の心音は彼女に伝わってる。


 一転して恥ずかしげにする寧子さんは、口元をもにょもにょさせ、意を決して言ってきた。


「……無視……しないで……」


「わ、わかりました……俺が……悪かったです……」


「……私……あーくんに無視されたら……あーくんが反応してくれなくなったら……あーくんがいなくなったら……」


「っ……」


「寂しくて……死んじゃいます……」


「……寧子さん……」


「ほんとに……ほんとに……」


 濁った瞳は相変わらずだ。


 妖しい光を浮かべているのも相変わらず。


 だけど、今彼女が口にした言葉は、間違いなく心の底から本当のことで。


 病的なまでの執着と依存が窺えた気がした。

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