第26話 看病と、優しくて暖かい部屋。

 まさかの事態だ。


 どことなく様子のおかしかった寧子さんは、体調を崩していた。


 体は熱く、呼吸も苦しそう。


 立ってはいられてるものの、傍にいる俺に寄りかかり、一人ではちゃんと歩けないような感じだった。


「バス停までもう少しですからね……! あと少しだけ頑張ってください……!」


 寧子さんの体を横で支えながら、俺はバス停を目指す。


 どこかで休ませる手も考えたが、しっかり彼女を看病できるのは家だけだ。


 必要なものはアパート近くのコンビニで揃えればいい。


 とにかく今は家へ帰ることを優先させる。


「ごめん……なさい……あーくん……こんなことに……なってしまって……」


「気にしないでください。そこは全然大丈夫ですから。あと、無理に喋らなくてもいいです」


「…………せっかく……二人でここまで……遊びに来たのに……」


「そんなの、また来たらいいんですよ。これからもまだまだ時間はあるんですから」


 申し訳なさそうにする寧子さんと、ぽつりぽつりやり取りしつつ、バス停に到着。


 幸いにもバスはすぐに来てくれて、俺たちはそれに乗り込んだ。


 あと30分ほどだけ耐えてもらわないといけない。


 心配な気持ちと、焦る気持ちが合わさる。


 俺は自分の着ていた上着を、さらに寧子さんへ着せてあげた。


 そして、狭いスペースではあるものの、膝枕のような形で彼女を寝かせ、少しでも楽にさせてあげる。


 触れた額は汗ばんでいて熱い。


 呼吸も荒く、苦しそう。


 効果があるかはわからないけど、頭を撫でたり、汗をハンカチで拭いてあげたりして、とにかく自分にできうることをした。




 そうして30分が経ち、大学前のバス停に到着。


 起き上がるのも苦しそうな寧子さんだけど、最後の力を振り絞ってもらい、俺は彼女を支えて歩く。


 ゆっくりながら進み、なんとか家へ着いた。


 部屋に入り、そのままの格好で寧子さんをベッドに寝かせる。


 衣類や、諸々の物が入った箪笥から、ミニタオルを取り出して、それを冷水で濡らし、彼女の額へ乗せた。


 氷やゼリーなど、風邪用のアイテムを買いにコンビニへ行かないと。


 そう思い、玄関へ向かおうとした刹那だった。


「あー……くん……」


 弱々しい声で彼女に呼び止められる。


 俺は立ち止まり、すぐさま寧子さんの方へ視線を戻した。


「どうかしました? 何かいる物とかありますか?」 


「違うんです……そうじゃ……なくて……」


 何だろう。


 もう一度膝をついて、ベッドの上で横になっている彼女へ近付く。


「……今は……何も……いらないから……」


「……え?」


「手を……」


「手ですか?」


「握ってて……欲しいです……」


 言われ、俺は熱くなっている彼女の手をすぐに優しく握る。


「今は……一人に……しないで」


「……っ」


「傍に……いて……」


 短い言葉で、精一杯の思いを俺に伝えてくる寧子さん。


 コンビニに必要なものを買いに行かないといけない。


 でも、それ以上に、今は彼女の望むことを叶えてあげたかった。


 俺は頷き、乱れていたもう一枚の毛布を上に被せてあげる。


 手は繋いだままだ。


「何かして欲しいことがあったら何でも言ってください。欲しいもののリクエストも可能な範囲で応えるんで」


「……傍に……いてください……」


「傍にはいますよ。ていうか、話し掛けるのも程々にしてた方がいいですね。俺が話し掛けたら、寧子さんどうしても返さなきゃって思うだろうし」


「ううん……むしろ……話し掛けて欲しいです……」


「……でも……」


 言いかけて、俺はいったん押し黙る。


 考え直し、再度口を開いた。


「じゃあ、俺が勝手に喋っておくので、寧子さんは何か返したい時だけ返してください。基本聞き流すだけでいいです」


 言うと、彼女は少し嬉しそうにして頬を緩めた。


 苦しい最中だろうに。


「今日の夜のお出掛けは……」


 語り始めると、握られている寧子さんの手に少しだけ力が入った。


 冷たい秋の夜。


 灯る俺の部屋の明かりは、恐らく外から見るといつもより暖かいもののはずだった。






●○●○●○●







 俺の一人語りは、何だかんだ30分ほど続いていた気がする。


 正確な時間は数えていないが、時計を見ればそれくらいだった。


 手を握っていた寧子さんも、今は眠っている。


 俺はそっと彼女の元から離れ、コンビニに向かった。


 欲しいものは特に言われていない。


 だけど、ある程度は気を利かせ、寧子さんの欲しがりそうな物と、風邪用のアイテムをいくつか揃える。


 ゼリーやヨーグルト、健康飲料水に簡易お粥、冷えピタなど色々だ。


 それを買って帰り、俺は音を立てないようコソコソと風呂へ入った。


 で、シャワーを浴びながら、ふと思い立つ。


 ……そういえば、体とかって寧子さんが自分で拭くのか……?


 でも、背中とか、拭けないところもあるだろうし……。


 さすがに今の状態でシャワーを浴びられるわけもない。


 ま、マジか……。


 だとすると俺はどこに……?


「っ……! バカか……!」


 今の寧子さんは風邪をひいてる。


 体調不良なんだ。


 そんな人相手にいやらしいことを考えるなんて言語道断。


 いくら何でもバカすぎる。


「いいや……どうとでもなる。後ろ向くとかでもいいし、外に出ておくとかでもいい。ヤバすぎだろ、俺……」


 ため息をつき、頭を抱えた。


 振り返る余裕もなかったが、三宮を一緒に歩いた寧子さんはすごく可愛かった。


 傍から見れば、きっと俺たちはカップルに見えたんだろう。


 カップル……カップルに……。


「い、いや……でも、俺たちは監禁する側とされてる側なわけで……」


 半ば自分の気持ちを抑えるようにしてそう考えるも、確かな感情が生まれていることを否定し切ることができない。


 寧子さんと……付き合いたい……。


「い、いやいやいや! 待て待て待て! まだちゃんと監禁もできてないのに! ストーカー癖だってきっと治ってないはず! そうだ! そうに決まってる!」


 待ってろ。


 風邪が治ったら絶対にストーカー癖を改めて治してやる。


 治して、それで……。


 …………それで。


「っっっっっ〜〜〜……!!! く、くそ…………!!!」


 俺は……寧子さんと付き合いたい……。


 言葉にはできない想いが、胸の内に溜まり溜まる。


 風呂場で一人悶々としながら、俺は呻くのだった。

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