第24話 初めてのお店と少しの不安。
三宮の街を二人で並んでゆっくり歩く。
比較的歩くのが早い俺は、寧子さんの歩調に合わせて一歩一歩だ。
彼女は、俺の右側にぴったりとくっついて楽しそう……かと思いきや、何度も問いかけてくる。
「あーくん……? 今、あの女の人のことすごく見てませんでした……?」
なんて感じで。
その時の目が非常に怖いので、俺はあまりジッと見つめ返せず、逸らしてしまう。
それがさらなる悪循環を生むようで、ご自慢の胸を意図せず押し付けてくるから色々とまずい。
心の中で念仏を唱えながら、自分の父親のフルヌード姿を思い浮かべた。一発で下の方がスンッとなる。
「……ひんっ……ぐすっ……あーくんの浮気者……私以外の女の人ばかりジロジロ見て……」
「ジロジロなんて見てませんからね? サイゼまで行くのに周り見ないとやってらんないでしょ?」
「見なくていいですよっ……! 私がマップを見ながら進みますので、あーくんはずっと横にいる私のことをジーッと見つめててくださいっ……!」
「それじゃつまづいて転けますから……」
「ほらぁ、やっぱりぃ……! えぐっ……ひっ……! どうせどうせ私のことなんか……私のことなんか……!」
……まったく……仕方ない……。
ため息を軽くつき、立ち止まって寧子さんの歩を止めさせる。
それから、非常に恥ずかしいけど、彼女の顔をクイっとこっち側に寄せて見つめながら言ってやった。
「おい、うるさいぞメス犬。ご主人様に対してごちゃごちゃ言うとは良い度胸じゃねえか(棒読み)」
「ひゃうっ……!?♡」
ひゃうっ、じゃないですよ……。
こんなのでも効くのか……。
咳払いして俺は続ける。
「帰ったらエグいお仕置きしてやる。もう二度と口答えできないくらいグチャグチャにしてやるから大人しくしとけ(棒読み)」
「きゃ……きゃぅぅん……♡♡♡」
つくづく俺たちの関係は終わってると思った。
足腰をガクガクさせながら、寧子さんは完全屈服モード。
恐ろしかった目が途端にドロドロのハートマークになり、濁ってる。
これはこれでダメな気もするが、さっきの殺意に満ちた目よりはだいぶマシだろう。終わってることに変わりはないが。
「じゃあ、行きますよメスい……じゃなくて、寧子さん? サイゼまでもう少しですから」
「はぁ……はぁ……♡ わんわん……♡」
危ない。
素でメス犬って言うところだった。
気を付けないと。
自戒しつつ、逃げるようにしてその場から歩き出す。
見逃さなかったのだ。
すぐそこで立ち止まっていたカップルが、俺たちのことをドン引きするような目で見てたことを。
●○●○●○●
スマホのマップアプリを確認しながら、ようやくサ●ゼに辿り着く。
店内は盛況していてすぐに座れるか不安だったけど、なんとか待たずに席に着くことができた。ラッキーだ。
「うわぁ……すごい……! 安いです……! 安いですね、あーくん……!」
「本当ですね……! 初めて来ましたけど、まさかこんなにだなんて……!」
ど安定で隣り合って座ってる俺たち。
もう俺は何もツッコまないけど、やっぱり店員さんはジロジロ見てきてた。
くっつき過ぎだろ、と。
「あーくんあーくん……! 私、ドリア……! ドリアが食べたいです……!」
「ドリアですね、了解です。俺は何にしようかな……?」
メニューをパラパラめくると、改めてその安さに驚く。
ライスと別とはいえ、ハンバーグプレートが500円くらいっていったいどういうことだ。
ピザもサラダも量がありそうなのにめちゃくちゃ安いし。
これは人気なわけだ。
「じゃあ俺、ハンバーグとライスと、グリーンサラダ頼みます」
「すごい……たくさん食べられますね……! その勢いで私も食べて欲しいくらいです……♡」
「逆に寧子さんはドリアだけでいいんですか? 俺払うんで、お金なら気にしなくてもいいですよ?」
スルーしながら問いかけると、彼女は焦って首を横に振った。
奢りなんて申し訳ない、と。
俺もそれに対して首を横に振る。
「大丈夫、奢ります。奢らせてください。たまにはカッコつけたいんです、俺も」
「そんな……カッコいいところならいつもですし、以前風呂で……♡」
「はいはい。よくわからないこと言わないでください? いいんなら注文しますよ?」
「あーくん……あーくん……♡」
どこでも昂りなされる。
どことなくさっきからずっと顔が赤いけど、大丈夫かな……? まあ、大丈夫か。
もじもじする寧子さんを無視して、俺はスマホでメニューを打ち込み、注文した。
5分ほどだろうか。
適度に時間が経っておおよそのメニューが揃った。
「クオリティもバッチリですね……この値段なのに……」
俺が届けられてるものを見て驚いてると、寧子さんも共感してくれる。
頷きながら、スプーンでドリアをすくっていた。
「さっきも言ったかもしれませんが、私の実家周りはすごく田舎で、サイ●リヤが無かったんです……。だから、すごく新鮮です……」
はむ、と一口。
美味しそうにして、はわー、となっていた。
俺はそれを見て少し笑ってしまい、自分もハンバーグを口にする。確かに美味しい。
「それを言うなら俺もですよ。安いのは知ってましたけど、まさかここまでって感じです」
「あーくんの地元周りはどんな食べ物が有名ですか……? 山口といえば……フグですよね?」
「まあ、そうですね。他には瓦そばなんてのもありますけど……どちらもあまり家庭では食べない気がします。わかりません。俺の家庭は少なくとも食卓にそういうのが出ることはなかったですね」
「んんー……だって、瓦のおそばですもんね……? 瓦の上によそってあるものなんですか……?」
「そうですそうです。それで、少し焼き目を付ける、みたいな」
「焼き目を……! それは珍しいですね……!食べてみたいです……!」
「いいですよ、山口まで食べにきてください。実際俺も瓦そばまだ一度も食べたことないんですが……」
「えぇ……! じゃあ、今度あーくんと一緒に山口へ行った時にでも……!」
「ふふっ。はい。いいですね。食べましょう」
「はいっ……! 楽しみにしてます……!」
ニコニコする寧子さんを見てると、こっちまで気が安らぐ。
俺は思わず頬を緩めてしまうものの、少し心配なところもあった。
やっぱり寧子さん、さっきから顔が赤い。
気のせいじゃない。
本当に大丈夫かな?
一抹の不安を覚えて問いかけるものの、彼女は大丈夫だと俺に伝えてくれる。
本人がそう言うならいいけど、心配しながら俺はハンバーグを口にするのだった。
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