第23話 一緒の想いと温もりと。

 大学前のバス停から出発したシャトルバスは、中心街である三宮におおよそ三十分ほどで到着する。


 ただ、その間は基本的にほぼずっと自動車専用道路を走り続けるため、車窓から眺める景色がいい気分転換になる……なんてことにはならない。


 よくわからない灰色の塀みたいなものに向こう側を遮られ、自然や建物が何も見えない状態。


 牢の中に入れられたことなんて一度も無いけど、それはどこか囚人のような気分にさせてくれるあまり良くないものだった。


 一人だとすごく暇。とにかく暇なのである。


 スマホを見ようにも、俺は車酔いしやすい体質だから難しい。


 誰か知ってる人が一緒に乗っていれば、色々と会話したりして気も紛らわせることができるのだが。


 少し前までの俺には、そんな知り合いが一人もいなかった。


 少し前までは――




「あーくんあーくん……? バス停での待ち人数から予想はできてましたが、利用者さんとても多いですね……」




 物思いにふけっていると、隣の席にいる寧子さんがコソコソッと俺に耳打ちしてきた。


 チラッと周りを見て、口元に手を当てながら小声で返す。


「……この時間帯はサークル終わりだったり、五限終わりだったりでバスが混むんです……。バス停で俺たちの後ろにも人結構いましたけど、全員入れてませんでしたから……」


「大変ですね……それにしても少し暑いです……」


「人が多い分熱気がありますね……大丈夫ですか……? 上、少し脱ぎますか……?」


「いえ……それは大丈夫です……この状況は私にとっても美味しいので……」


「……?」


「せっかくあーくんのモノに包まれていますから……少々暑くても堪能しないと……」


「……強引にでも脱がせましょうか……」


「あぁ……ダメですぅ……♡ 無理やりになんてダメぇ……♡」


「……こんな時にでもブレないですね……あなたって人は……」


 小さくため息をつく。


 目を閉じて、正面を向いた。


「……ですが、あーくん……? 先ほどは何か考え事でもしてましたか……?」


「……考え事……? どうしてそう思ったんですか……?」


 目を閉じた状態で返す。寧子さんの顔は見ていない。


「通路側の方を見て……どこか懐かしさに浸るような顔をしていました……。最初は私以外の女性を見つめていたのかと思い……その方の血液の香りで車内を充満させてあげようかと思ったのですが……どうやらそうではなかったようで……」


「冗談でもそういうことを言うのはやめてください……? 寧子さんが言うと、本当にそういうバイオレンス的なことをするんじゃないかって不安になるので……」


「はい。ただ、実際は……向こうの方の車窓から外を眺めているだけだと気付きました……。それで考え事をしているのかも、と……」


「は、はぁ……」


 簡単に認めないで欲しい。はい、って……。


「いったいどんな考え事をしていたんでしょう……? 話しづらいことなら聞いてしまってすみません……『監禁されているメス犬奴隷のくせに図々しい奴め』と今この場で罵り、お仕置きしてください……はぁはぁ……♡」


「……監禁されているメス犬奴隷のくせに図々しい奴め」


「きゃぅぅん……♡ ありがとうございましゅぅ……♡」


 いや、そこは『ごめんなさい』だろ……。


『ありがとうございます』って、完全にご褒美の方じゃないか……。


「……ってのはまあ冗談として、ですね……」


「はぁ……はぁ……♡ まだご褒美……ではなく……お仕置きを……?」


 自分でも認めてしまってる寧子さんだった。


 周りの人にこのやり取り聞かれてないだろうな……? 小声とはいえさ……。


「別に話せないことないです。考え事してたってのも事実で」


「ぇへへ……♡ やっぱり、今日帰った後に私をどう料理しようかとか、そういったことでしょうか……?」


「違いますよ。不正解です。ていうか、嬉々としてそんなこと聞いてこないでください」


「では、ド●キで購入した拘束具やおもちゃで、身も心もドロドロにしようということを――」


「違いますってば。もう……はい、よだれ」


「ぬぇへ……うぇへへへぇ……♡ ありがとうございましゅ……♡」


 ハンカチを貸してあげると、寧子さんはそれをスゥハァ言って嗅いでいた。


 当てて欲しいの鼻の部分ではなく口元なんだが……。


 呆れつつ、俺はため息をつきながら続けた。


「大学に入学して半年ほどが経ちましたけど、それまでずっと一人だったなぁ、って考えてたんです」


「ひほひ……へふは……?」


 ハンカチを口元に当ててもごもご言われてもちゃんと聞き取れないが、なんとなく察して頷く俺。


 ただ、寧子さんはこんなだけど、本当に綺麗だ。


 口元にハンカチをやってるだけで絵になる。


 スラッと伸びた指と、不思議そうに宝石のような瞳をぱちくりさせてる仕草。


 変態でありストーカーな部分を除けば、非の打ち所がない美人さんだ。


 その『非』の部分が致命的過ぎるのが問題ではあるが……。


「そうです。一人だったから、こうしてシャトルバスに乗ってても暇で、何をするにも退屈で億劫で、大学生らしいことを何一つできてなかったんじゃないかな、って。そう思ってました」


「……でも」


「はい。今は寧子さんがいてくれてます」


「っ……!」


「傍にあなたがいるから一人じゃなくなったし、こうしてバスに乗ってても……その……恥ずかしいですが退屈しないな、とそう思って……」


「……」


「なんか……寂しくなくなった……。色々……したいことをしていけるのかな、と……そんなことを考えてましたね、今」


「……」


「ごめんなさい。一人で物思いにふけって。もっと明るく楽しい話をすべきでしたね。ははは……」


 軽く頭を掻きながら、俺は苦笑い。


 寧子さんは少しうつむきめになったまま、コテンと俺の肩に頭を寄せてきた。


「寧子さん……?」


 疑問符を浮かべると、彼女は少しの間の後、ボソッと呟く。


「それは……私も同じです……」


「……?」


「私、昔からお友達を作るのが苦手で……人とお喋りするのも得意じゃなくて……暗い子だ、ってずっと言われてきたんです……」


「……寧子さんが……?」


 頷き、彼女は続ける。


「それでも……お父さんやお母さん……家族がずっと心の拠り所でした。何があっても、寂しくても、辛くても、いつだって味方でいてくれて、励ましてくれる」


「……」


「私は……そんな家族が大好きで……けれど、それじゃダメだと思ったんです」


「……」


「大学へ進学するのと同時に一人暮らしをして、自立していかなきゃ、と考えまして……それで今に至ります」


 無言のままに頷く俺に対し、寧子さんは自虐的になって苦笑した。


「ですが、実際にはダメダメで……。人間すぐに成長するはずもなく……お友達も作れないままぼっち生活を送り……どうしようもなく寂しいまま六月になって……」


「……うん」


「この時期に……あーくんと初めて出会いました」


「え……」


 俺がポカンとすると、彼女は俺を見つめてクスッと笑んだ。


「前も言ってました、コインランドリーです。思い出の地」


「あ、あぁ~……」


「ここで私はあーくんにすごくすごく励まされて……気持ちを持ち直せたんです。頑張ろう、って」


「……覚えてます。寧子さんのような人とコインランドリーで話したの」


 でも、あの時は確か……。


「……はい。髪は今よりも短かったですね。あの時から伸ばしました」


 だからだ。


 それですぐには彼女が寧子さんだと気付けなかった。


「何て言葉を私にくれたかも……覚えてはいない……ですよね?」


「い、いや、それはなんとなく思い出せそうなんです……。あの時の俺は……」


 チラッと寧子さんの方を見るも、にこりと微笑むだけだ。


 自分で思い出してください、というスタンス。


 それはまあそうか。


 大切なことだもんな。


「……私……決めました……」


「決めた……?」


「はい。決めました。もう、一生あーくんの傍から離れません」


「……えっ……」


「離れないので……あーくんも一生私を監禁してて欲しいです……」


「ね、寧子さん……それ……」


「好き……好きです……大好きです……あーくん……」


「っ……」


 耳まで真っ赤にしながら、ぽつりぽつりと小さい声で呟く寧子さん。


 俺はそんな彼女を横から見て、恥ずかしさにまた目を閉じるのだった。


 絶対にコインランドリーで言ったことは思い出そう。


 そう、強く考えながら。






●〇●〇●〇●






 三宮に到着すると、すぐ目の前には大きな駅があって、ビルやオフィスが立ち並んでる。


 色々な店もあって、お金さえあれば無限にショッピングもできて最高だろう。


 しかしながら、俺たちは今現在貧乏な大学生。


 むやみやたらにものを買えるはずもなく、目当てのド●キで買い物するので精一杯だ。仕方ない。


「やっと着きましたね、三宮。ド●キ行く前にどこかでご飯食べましょうか」


「はいっ……! あーくんは何が食べたいですか……?」


「俺は……」


 そうだな。


 寧子さんに問われて少し考える。


 こういう時、自分だけじゃなく寧子さんも好きそうな店を選ぶのがベストだけど……。


「サ●ゼとかどうでしょう? あそこは割と安くて――」


 ――と、言いかけてハッとした。


 なんかSNSで見たことがある。


 女の子を安い店に連れて行く男子は最低だ、と。


 これは……やってしまったか……?


 自分のミスを感じつつ、ギギギと壊れたロボットみたいにして寧子さんの方を見る俺。


 けれど、彼女は何一つ嫌そうな顔をしておらず、むしろ頷いていた。


「いいですね、サ●ゼ……! 話には何度も聞いていますが、地元にはなかなかなくて……! 行ってみたいです……!」


 よ、よかった……なんか大丈夫そう……。


 ホッとしつつ、俺たちはサ●ゼに向かって歩き出した。

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