第21話 ヤバ女と監禁モンスター男

 結局、三限目の栄養学部の授業はちんぷんかんぷんだった。


 食品に入っている添加物がどう体に作用し、いつの時代から多く取り入れられ始めたか、またこのことを誰が詳しく研究しているかなど、専門用語を交えながら事細かに講師の先生が教えてくれていたのにも関わらず、だ。


 序盤、俺と手紙のやり取りで会話していた寧子さんも、さすがに授業の中盤になれば真剣だった。


 ちゃんと教壇のパワーポイントを見ながら情報をノートにまとめ、自分なりに整理している。


 普段とのギャップがあって、どことなくかっこいい。


 美形なのも相まって、その横顔はかなり絵になっていた。すごく綺麗だ。




「では、今日の授業はここまでとします。各自出席カードを提出して退室してください」




 ハッとする。


 寧子さんを横からチラチラ見てたら授業が終わった。


 すぐさま俺の方を見つめてくる彼女からとっさに視線を逸らし、何も見ていなかった風を装う。


 で、誤魔化しのために咳払いをしようとするが、それも上手くいかなかった。


「……あーくん? 授業中、ずっと私の方見てましたね……?」


「――ッ……!」


 ば、バレてるんだが……。


 全身の毛が逆立った感覚。


 ただそれでも、「寧子さんが綺麗過ぎて思わず見入っちゃいました」なんてことは絶対に言えないので、俺は壊れたロボットみたいにぎこちない声を出し、


「き、キノセイジャナイカナー……?」


 なんて苦しい言い訳をするしかなかった。


 嘘なのは確実にバレてる。


 寧子さんは隣から俺の方へ体を寄せ、ねっとり手を絡ませてきた。


 いつも通りニチャニチャ笑みを浮かべ出す。


「へ……へへ……えへへ……♡ 段々あーくんが私に心を開いてくれ始めてます……♡ この調子で……もっともっと……身も心も私にゆだねてもらって……でへへへへぇ……♡」


「ぐ、ぅぐ……!」


「放課後はおデートの約束も取り付けて頂きましたし……♡ でゅ、でゅへっ……でゅへへへへぇ……♡」


「っ……」


 美人が台無しだった。


 キリッと感は完全に消滅し、表情全体が緩みに緩みまくってる。


 おまけに目尻も下がり切ってて、瞳の色はハートでも浮かんでるのか思うほど危なく濁っていた。


 病み愛モード、ここに極まれりといったご様子。


 ただでさえなぜか俺たちは周りからチラチラ見られてるのに、これじゃさらに変人扱いされる。


 あまり目立ちたくないのに、そこはもうため息だった。




「……うわぁ……ヤバ女に絡まれてかわいそ……」




 ……?


 今の……。


 横を通り過ぎて行った男子と女子のグループ。


 その中の誰かが、ボソッと俺たちの方を見て呟いた気がする。


 振り返って見るも、明確に個人を特定することはできない。


 ……。


「えへぇ~……♡ どうかしましたか、あーくん……?」


「あ、う、ううん。何でもないです」


 寧子さんには聞こえなかったらしく、とろけ切ったまま俺に問うてきた。


 何でもない。


 うん……何でも……。


「……じゃ、帰りましょっか。俺はこれからさらに二つほど授業ありますけど」


「ですねぇ~……♡ 一緒に行きましょう~ゴ~……♡」


「いやいや、寧子さんは家に帰っててください? ポ●モンしてていいですから」


 最初から約束してたのに駄々をこねる彼女。


 恥ずかしいけど、俺は周りを気にしつつ、寧子さんの手を握ってあげ、


「俺も離れるの……きついんですから……一緒に頑張りましょ……?」


 あくまでも監禁する側として。


 そういう意味合いを込め、そっと耳打ちした。


 するとまあ、効果はてきめん。


 寧子さんは腰砕けになって壁にもたれかかり、恍惚の表情でよだれを垂らしながら頷いてくれるのだった。






●〇●〇●〇●






 その後の四、五限は滞りなく終わっていった。


 一人で授業を受けるのには慣れてる。


 テキトーな席に座り、ある程度真面目に授業を聞いて、出席カードを提出する。


 周りの人たちが友達と一緒に授業を受けてるのを見て羨ましがってる時期もあったが、ここまで来ればもはや無敵。何も感じることは無かった。


 それよりも、頭の中を占めていたのは放課後のことと、さっきの通りすがりの呟きだ。


 どういうことだろう。ヤバ女って。


 いやまあ、たぶんそれは寧子さんのことを指してて、可哀想な奴というのは俺のことだと思う。


 あの人たちは寧子さんの知り合いか何かなんだろうか。


 わからない。


 でも、知り合いなら挨拶の一つくらいするはずだよな。


 そういうのも一切なかったし。


 うーん……。


 考えていると、頭の中に不気味笑いをする寧子さんの顔が浮かんできた。


 真剣だったのに、ちょっと吹き出してしまう。


 ほんと、ひどい落差だったな、あれは。


 キリッとしてたのが、ダラーンって。


「っくく……」


 ……ヤバい女……ね。


 だったら、そんなヤバい女を監禁してる俺はどんな呼ばれ方をされるんだろう。


 モンスター級とか? それとも、ゲテモノ食い?


 何にせよ、凄い呼ばれ方をしそうだな。


 笑ってしまいそうになる。


 ていうか、そもそも監禁してるとか言えるはずもないか。


 モンスターとか言われる前に捕まってそうだ。


「……結局俺たちはヤバい奴同士同じなんだよな……」


 周りに聴こえないくらいの声で独り言ち、俺はそれ以上暗くなるようなことを考えるのはやめた。


 代わりに、山王宮でどんな店に行こうか考える。


 何だかんだ、中心街へ行くための練習をしたいんだしな。俺たちは。


 一緒にバスに乗って勉強すれば、今度から怖さも減る。


 それで、バスをクリアしたら次は電車。電車をクリアしたら新幹線。新幹線をクリアしたら次は……。


「……飛行機……?」


 それってもはや新婚旅行な気が……。


 自分で考え、また自分で笑ってしまった。


 間違いない。


 確実に俺もヤバい奴だ。


 類は友を呼ぶ。


 昔からそういうことわざもあるしな。


 寧子さんだけじゃない。


 今度言おう。たぶん俺もヤバい人間です、って。


 そしたら寧子さんどんな顔するだろ?


 想像しただけで楽しい。


 俺は一人でクスクス笑いながら、授業の終わりを待つのだった。

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