第20話 二人きりのこっそり紙トーク。

 チャイムが鳴り終わった後ではあったけど、俺と寧子さんは件の授業が行われる大教室になんとか滑り込み入室できた。


 テーブルに置かれている出席カードを取り、空いている席に座る。


 やっぱり何人かが俺たちの方をチラチラ見てきた。


 いったい何なんだろう。


 そんなに俺が寧子さんといるの、不釣り合いかな……?


 モブで陰キャラなのは自覚があるけど、こうもそういう意味で見られると悲しくなってくる。


 まあ、垢抜けるために髪染めする、なんていうのも手段としては考えられるんだが……。


 俺、染料があまり肌に合わないんだよな……。


 茶色とか金にしてもやっぱりキャラじゃないし……。


 座って早々頭を抱える俺だけど、隣に座る寧子さんも火照った顔のまま、ぽーっと一点を見つめて心ここにあらずだった。


 何を考えてるのかはだいたい想像がつく。


 絶対にさっき俺がやったことが原因だ。


 俺のやったことが……。


「……っ」


 思い出して深く考え出すと、俺も一気に顔が熱くなってくる。


 確かにアレはさすがにヤバかった……?


 寧子さんの不安を取り除いてあげるためにとっさにしてしまったとはいえ、き、キスはどう考えても……。


 い、いや、もちろん舌は入れてないんだけどね!?


 それはもはやそういうR18的な行為だし、ここは大学内っていう公共の場であって、イヤらしいことをするところじゃない。


 それに、そもそも俺は寧子さんと恋人関係でもなく、ただの監禁関係(?)なわけで、キスなんてしていい立場でもなかったのかもしれない。


 さらに頭を抱えてしまう。


 ど、どうしよう……。


 寧子さん……本当は心の底じゃショック受けてるんじゃなかろうか……。


 俺なんかが自惚れで彼女の神聖な唇に自分の唇を重ねてしまうなんて……。


 あぁぁぁぁぁぁ……!


「……っ」


 そんな風に、死んだ目で教壇に立ってる講師の先生を見つめていると、隣からちょいちょい肩をつつかれる。


 寧子さんだ。


 寧子さんが俺に紙切れを渡してくれた。


 どうも中に何か書いたらしく、それを読んで欲しいとのこと。


 俺はもう即座に了解し、丁寧に折り畳まれた四つ折りの紙を広げて読む。


 そこには、こんなことが書かれていた。




【あーくんへ。先ほどは嫉妬のあまり勝手に不安になってしまってごめんなさい。反省しています】




 すごく可愛い字で反省文。


 つい彼女の方を見つめてしまう。


 寧子さんは、怒られた小犬みたいにシュンとして反省したような態度でいる。


 いやいや、と俺は首を横に振り、紙切れの空いたスペースにお返事文を書き込んで彼女へ返した。


 それを寧子さんも読んでくれる。


 内容は、謝らないで、というもの。


 読んでから、彼女も首を横にフリフリ。


 下がり眉になり、何か言いたげな目でこっちを見つめてきた。


 不覚にもそれが可愛くて思わず顔を逸らしてしまう俺……なのだが、少ししてまた寧子さんが紙切れを渡してきた。


 受け取って、中身を確認。




【謝ります! 謝らせてください! 至らない私のためにあーくんは監禁してくれているのに……もっと激しく調教してくれて構いません……。『反省がまったくできてないようだな、この愚かなメス犬』みたいなご褒……じゃなくて、ご指導しながらお尻を叩いてくれても構わないくらいで……】




 ………………うん。


 本気の謝罪から一気に欲望垂れ流し文が送られてきて、俺はスンッとなってしまう。


 完全にこれ最後のやつ『ご褒美』って書きかけてますよね?


 ていうか、声に出して喋ってるわけじゃないから、消しゴムか何かで消せばいいのに……。


 ため息をつこうとしていると、さらに追い紙切れが渡された。


 どことなく、さっきよりも恥ずかしがってる感じの寧子さん。


 耳が真っ赤になってて、俺に紙切れを渡した瞬間に顔を伏せてしまう。


 何だろう? 何を書いてくれたんだ……?




【ちなみに、先ほどのような口封じの仕方も……私的には大歓迎……です……】

【具体例→「おい、メス犬。お前本当に聞き分けのない駄犬だな? 鬱陶しいことばかり言ってると、そのたびにキスしてその口塞いでやるぞ? 次は舌を入れてお前のことぐちゃぐちゃのトロトロにしてやるよ、ダメス犬が』】




 ………………はい。


 言いたいことは山ほどあるけど、授業中だし、俺はジッと寧子さんを見つめるだけに留めておく。


 彼女は、そーっとこっちを見て、俺がガン見しているのを確認すると、すぐに照れ照れしながらまた顔を伏せた。


 微妙に見える口元はニヤニヤしてて、笑みを抑えきれないご様子。


 俺はもう頬を引きつらせるしかなかった。


 メス犬、メス犬って……。


 そんなに犬になりたいんですか、寧子さん……?


「……!?」


 心の中で問いかけたところ、彼女は顔を伏せたまま頷き、新たに作った紙切れへでかでかとこう書いてくる。




【なりたいです! あーくん専用ですが!】




 いやいや、なんで俺の心の声読めるの!?


 エスパーですか!? 


 ていうか、俺『専用』ってなんだよ!? こういうのって普通まだ『飼い主』とか、百歩譲って『ご主人様』って風に書かない!? 『専用』とか初めて聞いたんだが!?




【簡単です……いつでもめちゃくちゃにしてくださいって意味です……♡】




 だからなんで俺の心の声読めるんですかぁぁぁぁぁ!?!?




 気付けば、何も喋っていないのに息が上がっていた。


 寧子さんからもらった紙切れをまとめ、ペンケースの中へ収納する。


 本当は俺、キスのことを謝りたかったし、ちょっとした提案みたいなこともしたかったんだけどなぁ……。




「――では、座っている席の隣同士で構いませんので、簡単に今の事柄について話し合ってみてください。時間は五分ほどとします」




 授業をしてくれている先生が言って、俺たちは公然と会話ができるようになった。


 寧子さんは顔を上げ、はにかんたような表情でこっちを見てくる。


 俺もどことなく気まずい……じゃないけど、なんとなく恥ずかしかった。


 周りにたくさん人がいるし、今声を出してキスがどうだとか言えない。


 とりあえず、したかった提案のことだけ話そう。


「……あーくん……」


「……?」


 こっちから話しかけようと思っていたけど、寧子さんに先手を打たれる。


 彼女は俺の直した紙切れ、つまりペンケースの方を、どこか嬉しそうに見つめていた。


「渡したその紙切れ……ペンケースの中……ですか?」


「え……? あ、う、うん」


「捨てはしないんですか?」


「捨てはしないですよ。色々聞き入れられないことは多く書いてありますけど、一応寧子さんのお願い事ですし……」


 ……それに……。


「わざわざあなたが俺に向けて書いてくれたことですから……捨てたりしないです。大切に取っておきます」


 何気ない本音を言ったつもりだった。


 でも、なぜか寧子さんは嬉しそうにクスクス笑いだす。


 何が可笑しいのかわからない俺は彼女に問いかけるのだが、周りに人がいるから、と答えてくれず、代わりにこそっと耳打ちしてくれる。


「……たぶん……もう……私はあなたから離れられないです……」


 甘い囁き声。


 喧噪の中、それは一際大きく俺の耳に届いたような気がして。


 すぐに自分の体温が上がっていくのを感じ、顔を逸らす。


 逸らしたうえで、伝えたいことを口にした。


 今日の授業終わり、二人で行きたいところがある、と。

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