第19話 自分からのキス
「えへへぇ……へへへぇ……♡ あーくんと一緒……あーくんと一緒……です♡ ふふふっ……♡」
「っ……」
完全にカップル。
どこからどう見てもカップル。
キャンパス内だというのに、俺は寧子さんに思い切り腕を抱かれながら歩いていた。
「今日は良いお天気ですね、あーくん……♡」
「そ、そうですね……は、ははは……」
「晴れの日は普段あまり好きではありませんが、あーくんが傍にいてくれると全然違います。すごく晴れやかな気持ちになれます。晴れだけに〜……♡」
「う、うん……すみませんね、寧子さん……。すごく寒々しいオヤジギャグなんですが、今の俺にはそれも効果薄です。とても恥ずかしくて顔が熱い……」
「っっっ〜……♡♡♡ はぁ……はぁ……♡♡♡ 照れてます……あーくんが私と一緒にいて照れてくれます……♡♡♡ ぅえへへへへぇ……可愛い……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いぃぃ〜……♡♡♡」
「うぅぅ……」
恥ずかしがるな、なんていうのは無理な話だ。
大学内を歩いてるカップルなんてそこら辺にいると思うのだが、なぜが俺が寧子さんと歩いてると通り過ぎる人たちからチラチラ見られてしまう。
寧子さんが美人過ぎるのが原因なのか、それとも俺とのバランスが悪過ぎるから、変に目立ってしまっているのか。
考えられる理由は色々あってわからないが、とにかく恥ずかしかった。
なるべく目立たずに生きていきたい、がモットーの俺とは反した現状だ。
すごくやりづらい。
……寧子さんは歩きながらどんどん密着してきて、段々歩きづらい状況にもなってきてるし。
「……しかし、人が多いですね。昼休み明けの三限は人文学部の教室棟周辺も人で溢れてますけど……栄養学部もここまでだなんて……」
「ほんとですね……あーくんがいなかったら来れてなかったかも……人混み……すごく苦手なので……」
「俺もです……。駅の周りとかもすごく苦手で……地元が田舎だから余計になんですよね……」
「あぁぁ……わかりますわかります……。私の住んでいた町も田舎でした。大学生になるまで電車なんてあまり使ったことが無くて……ちょっと乗るのも怖いんです。目的地とは反対方向に行ってしまったりしないか、と……」
「うわぁ……もう完全同意です……。俺も地元で電車ほとんど使ったことなくて苦手で。なんならバスもまだ慣れません。ほら、ここの大学から中心街まで出るのに割と便ありますけど、あれもまだイマイチよくわかってなくて……。これ合ってんのかな? みたいによく不安になりますよ……」
はぁ、と二人してため息。
でも、すぐに見つめ合ってクスッと笑ってしまう。
田舎出身の一人暮らし勢、しかもここに住み始めて一年目となると大変だ。
何もかもがわからないことだらけ。
「あと、田舎出身で言うと、中心街に出たらみんなオシャレな恰好してるなぁ、とか思いますね」
「あ、わかりますわかります。私なんて趣味に偏ったモノしか着ないので、すごいなぁって圧倒されました」
「いやぁ、でも、寧子さんは全然周りの人と遜色ないと思います。俺からしたらオシャレで……その、き、綺麗ですもん」
わかりやすく寧子さんの頬が朱に染まった。
口元はだらしなく緩み、不審者みたいに呼吸が荒くなる。
俺は頬を引き攣らせてしまうものの、褒めてしまった手前、撤回することもできずに続ける。
「ほ、ほら、やっぱりこの大学内の女の子と比べてみても、寧子さんは……」
言いかけた刹那、寧子さんの腕を抱く力がギュゥっ、と強くなった。
明らかな違和感。
見れば、彼女の目からハイライトが完全消滅。
恐ろしいことになっていた。
「……あーくん……? 今……なんて言いました……?」
「へ……!? え……!?」
オーラが……ヤバい……。
周りの人も怯えて足早に通り過ぎて行ってる。
邪悪過ぎるそれは暗黒魔界の住人と言っても過言ではないような気がした。
怖過ぎである。
「な、何って、寧子さんは周りの女の子と比べてもやっぱりオシャレだなって……えぇぇぇ!?」
ゴウッと、さらに闇ならぬ病みのオーラが激しく浮かび上がった。
完全に地雷を踏んだみたいだけど、何が間違いだったのかまるでわからない。
「……ちゃ……メ……です」
「え……?」
「……なんでも……しますから……」
「ね、寧子さん……?」
腕を抱く力が強くなったと思えば、それだけじゃない。
彼女は俺の体を横から押し、人の目のあまりない校舎の壁際まで追いやる。
俺は壁ドンされるみたいな状態になり、涙目の寧子さんから上目遣いで見つめられた。
「あーくん……私……なんでもしますから……見ないでください……」
「……?」
「他の子のことなんて……見ないで……? 私だけ……ずっとずっと…見てて……?」
「え……えと……」
「恥ずかしいところも……なんでも……あーくんに見せます……から……」
胸が締め付けられるような思いになった。
俺が息を呑んで黙り込んでいると、寧子さんはさらに迫ってきて、キスのできそうな距離になる。
「あーくん……あーくんあーくんあーくん……お願いですから……私だけ……私だけ見てぇ……」
意を決した。
彼女の口元を手でいったん覆い、俺はざっと周辺を見渡す。
誰も俺たちのことに気付いていないし、見られてもいない。
確認し終え、手を離し、彼女の唇に、俺は自分の唇を重ねた。
本当に唇だけ。
舌を入れるとか、そんな高度なのは無し。
何秒間か唇だけを触れ合わせ、俺はそれを彼女から離す。
「ふぇ……? ぁ……ぇ……?」
寧子さんは耳まで真っ赤にし、放心状態だった。
俺も顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
が、そんな思いを振り切り、彼女の耳元で囁く。
「……ごめんなさい……寧子さん……俺が悪かったです……他の人と比べるようなこと言って……」
寧子さんの体が震える。
俺は関係なしに続けた。
「そういうのやめます……やめますから……泣かないでください……お願いします……」
「っ…………あー……くん……」
「俺は……その……もう……寧子さんだけをずっと見てるつもりでいるので……」
「……!」
「それは……監禁してるし……あなたのことをずっと見張ってなきゃいけない……」
「…………っ」
「だから……俺は……」
続く言葉を言いかけたタイミングで、だ。
授業開始を知らせる鐘が鳴り、俺は夢の中にいたような感覚から一気に醒める。
「……? あーくん……? 俺は……なんですか……?」
「っ……!」
「……???」
ポカンとする寧子さんだが、俺は続く言葉を言わずに彼女の手を取り、その場から走った。
とりあえず授業に出なくては。
言葉の続きはこの後に言おう。
なんとか寧子さんにも了承してもらい、俺たちは大教室に焦って入るのだった。
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