第17話 密かな両想い。三限目の約束。

「あ…………ね……寧子……さん……?」


「……………………っ」


「え……え、ええ、えっと……そ、その……」


「……っ~…………」


 たぶん、人生の中で今ほど冷や汗をかいた経験は無いと思う。


 それくらいとんでもないことをしでかしてしまった。


 眠っていると思い込み、寧子さんの頬を突きながら、俺は…………俺は…………!


「……あ、あーくん?」


「――! あ、は、はい!? な、何でしょう!?」


 ボソッと名前を呼ばれ、俺は声を裏返らせながら反応する。


 ベッドの傍で立ったまま、なぜか敬礼のポーズ。


 視線もほぼ全裸の彼女からは逸らしていた。


「…………おはよう……ございます……」


「……へ?」


「お、おはよう……ございます、です……。あ、朝のご挨拶が……まだだったので……」


「あ、あぁ……! そ、そうですね! おはようございます! そそそ、そういやまだでしたね! は、はは、ははははは……!」


 苦し紛れの作り笑いの後、降り立ったのは沈黙。


 ただひたすらに気まずい。


 この雰囲気、確実に寧子さんは起きてて、俺の言ったこと、したことをすべて知っているパターンだ。


 もう、穴があるのならそこに入ったうえで切腹したい。


 恥ずかし過ぎる。恥ずかしくて死んでしまいそう。もうどうにでもしてくれ。


 ヤバ過ぎだろ……! あんなこと直接口走ってしまうなんて……!


「……あ、あーくん?」


「……! は、はいっ!」


 さっきみたいな感じでまた寧子さんが俺の名前を呼んでくる。


 顔どころか耳まで真っ赤にして、ずっぽり布団にくるまりながら、こしょこしょ喋っていた。


 確定である。


 完全に俺の発言聞いてた。疑うまでもない。


「きょ、きょきょ、今日は……て、天気がいいですね……。ぜ、絶好の……授業日和……です」


「そ、そうですね……! じゅ、授業日和、授業日和……!」


 テンパっていたが、授業と聞いて俺はハッとする。


 バクつく心臓をどうにか抑えつつ、寧子さんに質問した。


「あ、あの……寧子さん……?」


「…………は、はい。何でしょう?」


「今日の授業は……何限と何限ですか……? え、えっと、なんだったらまた俺……動きとか合わせるので……」


 恥ずかしさのあまり流暢に喋ることができない。


 ぎこちなさマシマシだが、それは俺だけに限った話じゃなかった。


 寧子さんの方も、毛布で口元を隠しながらもにょる。所々声のボリュームが小さくて聴こえない。


「……今日は……私……三限だけなんです……」


「あ……さ、三限だけですか?」


「は、はい……。あーくんは……?」


「俺は……逆に三限が無くて、二、四、五っていう中途半場スケジュールで……」


「それならちょうどいいですね……。私……二限からずっとあーくんのことを見守っておきます……。二、四、五限すべて」


「だ、だだ、ダメですよっ、そんなのっ……! お、俺があなたを監禁してるのは、そ、そういうのを辞めさせるためでもあるんですから……!」


「…………ごめんなさい」


 思った以上に素直に引き下がって謝る寧子さん。


 ちょっと拍子抜けだ。


 もう少し駄々の一つでもこねるかと思ってたんだけど、全然そんなことない。


 シュンとするものの、どこか嬉しそうにも見える表情。


 俺はハッとする。


 そうだ。今寧子さんが口元や鼻を隠しているのは、普段俺が使っている毛布。


 あれを嗅いでるから機嫌が良いんだ。


 それがわかり、俺は反射的に彼女のいるベッドへ乗り込む。


 そして、注意しようと意気込むのだが――


「ね、寧子さん? 寒いのはわかりますけど、俺の毛布をあんまり嗅いだりとかは――って、おわぁっ!?」


 まるでアリ地獄に引き込まれるみたいにして、寧子さんは俺の手を掴み、グイっと引っ張ってくる。


 油断してたのもあり、俺は体勢を崩して一気にベッドへ横たわる形になった。


「ちょ、ちょっと寧子さん、危な――」


「……しー……ですよ? あーくん?」


「っ……!」


 互いに吐息の伝わる距離。


 顔と顔が近くて、体と体も近い。


 毛布の中に入れられ、思い切り腕のところで寧子さんの柔らかい部分を感じる。


 慌てふためきながら出ようとするも、彼女に前から抱き締められ、抵抗は不可能だと悟った。


 一気に顔が熱くなり、めまいがする。


 紅潮した寧子さんは、自身も恥ずかしそうにしながら、けれども俺のことを至近距離でジッと見つめて、囁くように語り掛けてきた。


「あーくん……? 私……今……どうにかなっちゃいそうなくらい嬉しいんです……」


「へっ……? ふぇ……?」


「さっきの……全部起きてて……聞いてました」


「ッッッ……!」


 ……ですよね。


 わかってはいたものの、本人の口からそう言われると、それはそれでクるものがある。


 恥ずかしさのあまり意識が飛びそう。本当に助けて欲しい。


「あーくんが……私の頬をツンツンして……ごめんなさいって」


「ぁ……がっ……ぐぅぅ……! そ、そそ、それはぁぁ……!」


「よかったです。私、ストーカーで、どうしようもないくらい重くて、ずっとあーくんの傍にまとわりつかないと、あなたへ大好きだよって想いが伝わらないって考えちゃうほど極端な思考しかできないから……いつも不安だったんです……。嫌いでした……不器用な自分が……」


「い、いや、あ、あれは……」


「紛れもない本心、ですよね……?」


 濁った瞳に浮かぶ妖しい光。


 彼女はいつもの目をしながら、けれども柔らかく、幸せそうに俺を見つめている。


 違う、なんて言えない。


 嘘はつけない。


 俺は、恥ずかしさで横に振りそうな頭を、どうにかこうにか縦に振る。


 認めるしかなかった。


 寧子さんは悶絶するような、押し殺した声を漏らして、嬉しそうにしている。


 もうヤダ……。


 寧子さんに抱き締められてるせいで顔も抑えられないし、うつむかせようにも、下を向けば寧子さんの胸がある。


 俺は壊れたロボットみたいにショートしかけていた。


 気絶してしまいそう……。


「ぅえへへへぇ……♡ あーくんはぁ……私に好きって言われると嬉しい~……♪ あーくんはぁ~……私に好きって言われると嬉しい~……♪ にぇへへへぇ……♡」


「ッッッッッッッ~~~~~……!」


 もう……殺してください……。


 心の中で叫び、走りまくる。


 小さい声で鼻唄を歌う彼女がまた可愛くて、俺は……。


「……………………ぐ……ぐぅ……ぐぅ……」


 やり場無く、もう眠ったフリをすることにした。


 それに気付いた彼女はクスクス笑い、俺の頭を優しく撫でてくれる。


 そういうのでまた心が乱されそうになるが、なんとか耐える。


 わざとらしいいびきをかいてみせた。


「んふふっ~♡ 今日はですね~、とっても、と~っても嬉しいことがあったので~、あーくんの授業は監視しないことにしますね~♡」


「……ぐぅ……ぐぅ……」


「二、四、五限は、あーくんのおうちでポケモンしてます。一人で自分の家からス●ッチ取ってきます」


「ぐぅ……ぐぅ……」


「でも、あーくん? そんな私ですけど、一つだけこちらからもお願いしていいですか?」


「……ぐぅ……ぐぅ……」


「いいですね~? じゃあ、私と栄養学部の三限の授業、一緒に受けてくださいっ……!」


「ぐがっ……!?」


 むせそうになる。


 いや、なんで!? なぜ!? どうして寧子さんと栄養学部の授業を受けないといけないんだ!?


「あーくんに私のこと、今以上に知ってもらいたいですし……それにね?」


「…………?」


「私……大好きな男の人と授業受けるの……ずっと憧れだったので……」


「んぐふっ……!?」


「お願いします、あーくん。私と、寧子と授業、受けてくださいっ……!」


 ねだるようにお願いしてくる寧子さん。


 嫌だ、とも言えない俺は、ただ素直に頷くしかなかった。


 ただ、一応改めて注意はしておく。


 俺が二、四、五限を受けている間、ゲームはしててもいいけど、ちゃんと監禁されていること。


 それが俺の家に住まわせてる理由だから、と。


 心の奥底に生まれている想いをわざと無視し、素直な感情を隠しながら。


 クスクス笑う寧子さんを見つめて。

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