第16話 ベッドの中の寧子さんと頬と

 朝。


 俺は、普段なら大抵スマホのアラームで目を覚ます。


 大学に入り、一人暮らしを始めて、何かと乱れがちになってしまっている生活スタイルだが、ある程度決まった時間に寝て、起きようと決めていたのだ。


 それは、次の日に大学があるのならなおさらで。


 一限があろうと無かろうと、関係なく八時くらいには起きるようにしていた。


 ただ、この日は違って――


「ん……んん……?」


 電気を消した薄暗い部屋。


 閉めているカーテンの隙間からは、明るい日差しが漏れ入って来ている。


 スマホのアラームじゃなく、点けっぱなしになっているゲームの音で俺は目を覚ました。


 ス●ッチをテレビに繋げていたのだ。その光が部屋の中をほのかに照らしている。


「……えっ……」


 目覚めたばかりでボーっとしている頭ながら、俺は慌てて上体を起こす。


 風呂にも入ってないし、歯も磨いていない。


 やってしまった、と軽くショックを受けつつ隣を見ると、そこには――




「んん……うぇへへへ……あーくぅん……そんな大きいの……わたし……はいらないですよぉ~……」




 はい。来ましたよ。この流れ。


 布団を被ってはいるものの、しっかり上半身裸でお寝んねしてらっしゃる寧子さん。


 俺は思わずなぜか息を止めてしまい、そそくさと一人静かにベッドから出て、部屋の隅まで移動。


 脳の処理が追い付いていない。


 安全地帯にいなければ、冷静な状況判断も叶わなかった。


 うす暗い中でもわかるくらいの白い肌。


 マシュマロみたいな二つのおっぱ……マシュマロ。


 艶やかでいい香りのする乱れた黒髪。


 それからそれから、悔し過ぎるくらいに可愛い寝顔。


「っ~……!」


 ガシガシと頭を掻く。


 とんでもない寝言を呟いてるくせに、夢でも変態なくせに、病んでるストーカーのくせに、どうしてお顔と仕草はあそこまで可愛いのか。……料理も上手だし。


 神様は残酷だ。


 あんな女の子をこの世に生まれさせれば、俺みたいな男子はわかってても翻弄されてしまう。


 ほんと、天に向かって『勘弁してくださいよ』と言いたい。


 こんなのもう彼女のおっぱ……違っ、マシュマロ……いや、もう面倒くさいからちゃんと言うわ。おっぱい。おっぱいの一揉みや二揉みくらいしちゃいますよ、マジで。ちくしょう。


「ふー……はぁー……ふー……はぁー……」


 とりあえず深呼吸を繰り返し、上がっている心拍数を落とすよう努めてみる。


 で、改めてそーっとベッドの方へ歩み寄った。


 もちろん、寧子さんを起こさないように。抜き足差し足、忍び足。


「……ごくり……」


 生唾を飲み込みながら、眠っている寧子さんの顔を覗き込む。


 するとまあ、彼女は静かな寝息を立てて、もにょもにょと俺の名前を呼んでいる。


たまらない気持ちになって、少し落ちていたはずの心拍数がさっきよりも向上。


思わず自分の胸を押さえてしまった。これはダメだ。本当にダメ。


「っ~……は……反則ですよ……」


 おっぱいは揉みたい。揉んでみたい。男の夢だから。


 ……でも、その俺の軽率な行動のせいでこんなに可愛い寧子さんが傷付いてしまったら……。


「…………っ」


 手に伝わる柔らかい感触で感動するよりも、悲しそうにする彼女の姿をこの目で見る方が何倍も嫌だ。


 やっぱりそういうのは止めといた方がいい。


 そう。


 揉むなら、ちゃんと寧子さんの許可を得て、彼女の前でちゃんとだ。


 うん。


 眠ってる間にとか、そんな卑怯な手は使わない方がいい。


「…………けど」


 湧き上がった思いはしっかり残ってるわけで。


 俺は寝息を立ててる寧子さんの前で一礼。


「……許してください……!」


 それから謝った後に、そっと人差し指を彼女へ近付け、




「んみゅ……」




 寧子さんの頬をむにゅ、とつついた。


 柔らかい。


 感動だ。


 一回だけ、と思っていたのに、何度もむにむにつついてしまう。


「にゅむ……んむ……むにぃ……?」


「あぁぁ……ごめんなさい寧子さん……一回だけって心の中で誓ったのに……」


 むにむにむにむにむにむにむにむに。


 俺は何度もつつき続ける。


 完全に自分の世界へ入ってしまっていた。


 欲望の解放とは実に怖いものである。


「うぅぅ……すみません……俺……寧子さんが眠ってる間にこんなことを……」


「んんん~……」


「ほんとは……ほんとは……あ、あなたのこと……ずっと……可愛いって思ってるのに……」


「んんんんん~……」


「料理とかも作ってくれて……俺なんかのことを好きって想ってくれてて……本当に嬉しいって思ってるのに……」


「んんんんんんんん~……」


「……素直になれなくてごめんなさい……」


 そうやって、むにむにに導かれるがまま、心の奥底にあった本音を吐露した刹那、だ。






「…………へ…………?」






 俺は、瞳をぱっちりと開けている寧子さんと目が合う。


 彼女は瞬きもせず、口を半開きにして固まっていた。


 俺も同じだ。


 真っ赤な顔をして、ドク、と心臓を震わせて。

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