第15話 一緒にやりたいこと。

 そういうわけで、いったん荷物を俺の家に置き、菊本食堂へ二人で向かう。


 この食堂は俺の家から近く、大学を校門から出て真っ直ぐ進んだ場所に位置する古い食堂だ。


 学生を意識しているのか、割と安価であり、量も多い。ごはんの大盛りサイズは無料で、俺も一人で来る時はいつも大盛りサイズで注文する。おすすめは唐揚げポン酢定食だ。


「――ってわけで、結構いいお店なんですが……ごめんなさい。完全にがっつり食べたい人向けの店ですね。なんか俺、無意識のうちに自分の空腹具合を優先させてしまっていたというか……」


 テーブルにくっつくかくっつかないかくらいの角度で頭を下げる俺。


 相手は、向かい合ってる先に座ってる……わけではなく、俺の真横の椅子に腰掛けている寧子さん。


 普通……という言い方が正しいのかはわからないが、大抵二人でこういった場所に来たた時、向かい合って座るのがスタンダードだとは思う。


 でも、彼女の場合はそうじゃなく、当然のように俺の隣へ座った。


 お茶と箸を提供しに来てくれた店員のおばさんも少々面食らっていたくらいだ。距離が近すぎて。


「謝らないでください、あーくん。私はあーくんの行きたい場所に行きたいんです。それがたとえ火の中、水の中、草の中だとしても」


「そうです……? でも、草の中は何歩か譲っていいとして、火の中はダメですよ。焼け死にます」


「大丈夫です。あーくんと一緒なら私、太陽にだって突っ込めますので」


 全然大丈夫じゃなかった。


 焼け死ぬという事実は何も変わらない。


「それ以外にも、森の中、土の中、雲の中だって行けますし、あの子のスカートの中…………は、さすがに行けませんね。ダメです、あーくん。絶対に、絶対に行っちゃダメ。……ゼッタイニ」


 頬が引きつり、冷や汗が出る。


 寧子さんは俺の左腕を抱き、いつも通り病的な瞳で、瞬きすることなくこちらを見つめてきた。


 誤魔化すように苦笑いし、話題をどうにか別の方へ逸らす。


「け、けど、その歌詞みたいなワードが出てくるって、寧子さんはポ●モン好きなんですね。なんか意外」


「大好きです。それはもう、ゲームもちゃんとやってしまうくらいには……!」


 濁っていた瞳がキラキラ光っていた。


 ただ、その光の妖しさ自体は拭い切れていないが。


「へぇ~。ゲームも。実は俺もポ●モン好きなんです。奇遇ですね」


「あーくんもですかっ」


 瞳のキラキラがさらに増す。


 嬉しそうにして、寧子さんは体を横に揺らしていた。


 不覚にも可愛いと思ってしまう。


「え~。そんなそんな~、あーくんもポ●モン好きだなんて。うふふっ。やっぱり私たち、運命の赤い糸で繋がっているんですね。んふふふっ」


「運命の赤い糸かどうかはわからないですけど……まあ、割と熱はあります。小さい頃、アニメもしっかりリアルタイムでホウ●ンからシン●ウ編まで見てました」


「そうなんですね、そうなんですねぇ~。ぐへへ……♡ テレビにかじりつくようにしてポ●モンを見るショタあーくん……♡ でゅへへへ……♡ 可愛いです……♡」


「うん。俺の幼少期を想像するんじゃなくて、ポ●モンの方を想像してくださいね? 口元緩みまくってますよ?」


「それはだって……仕方ないですよぅ……♡ 可愛い可愛いあーくんのショタ時代なんて、想像しちゃったら全私が興奮しちゃいます……♡ じゅる……はぁ……タイムマシンで過去に行って、ショタあーくんを色々お世話してあげたいなぁ~……♡」


 そこはかとなく犯罪臭がする。


 本当に良かった。現代にタイムマシンというものが存在しなくて。


「ま、まあ、それはもういいとして。ポ●モンだと、俺結構ゲームとか今でもしてるんですよ」


「ふぇ……? あ、そ、そうなんですか!?」


 よだれを拭っていた寧子さんだが、飛びつくようにして驚いてくる。


 そんなに意外だったかな。


「う、うん。ストーリーを進めるのもやってるんですけど、それこそオンライン対戦とか」


「じゃ、じゃあ、努力値とか、性格厳選とか、パーティ構成とか、対面構築とかサイクル構築とか、そのほかにも色々知ってるってことです!?」


「も、もちろん……」


 ぎこちなく頷くと、寧子さんは目を本当にキラキラさせて、キスができるんじゃないかというくらいに自らの顔を俺の顔に近付けてきた。


 甘い吐息が交わる。


 俺の顔は絶対に赤くなっていた。


 店内が少し暗めなので、そこは感謝だ。


「っ~! あーくん……! なら、帰って一緒にポ●モンしましょう……! パーティ構築についても色々話し合って、それでそれで……!」


「わ、わかりました。わかりましたから、少し離れて……! ち、近すぎます……! 周りの人の目にも付きますし、何よりも俺の心臓が……!」


「……?」


 きょとんと首を傾げる彼女。


 ほとんどゼロ距離だったことも忘れるくらいに、ポ●モン仲間がいて嬉しかったらしい。


 少し距離を取ってもらい、俺は恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻きながら続けた。


「……いいですよ。ポ●モン、一緒にやりましょう。けど……」


「はいっ……!」


「寧子さんのゲーム機、諸々まだ家の方にありますよね? また取りに行かなきゃだ」


「あっ……! そ、そうでした……」


 ガクッと肩を落とす彼女。


 でも、それはいい。


 どうせ他にも色々取りに行きたいものはまだある。


 また二人で一緒に家へ行こうって約束してたし、その時でいいだろう。


「じゃあ、今日はこれから帰ってあーくんのパーティ構成を見せてもらいますっ。すっごくすっごく気になるので~」


「いいですよ。了解です」


 楽しそうにルンルン横に揺れる彼女。


 俺はそれを微笑しながら見つめていた。


 そうしていると、注文していたものが届く。


「はい。お待たせ。唐揚げポン酢定食のご飯大盛りに、チキン南蛮定食ね~」


 店員のおばさんが持って来てくれた定食二つに、俺たちは目を輝かせる。


 美味そうだ。


「美味しそうです~……!」


 寧子さんも、さっきと同様に目をキラキラさせている。


 そういえば、ちょっと前まで思ってたっけ。


 一人じゃなく、可愛い彼女とご飯を食べに行けたら最高だろうな、って。


「……彼女……か」


 無自覚にボソッと呟いていると、寧子さんが疑問符を浮かべる。


 俺はハッとし、焦って何でもないと彼女に、そして自分にも言い聞かせるのだった。


 俺と寧子さんは、まだ監禁する側とされる側……! 監禁する側とされる側……!


 …………まだ。










【作者コメ】監禁って何だよ……(困惑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る