第14話 進化する恥ずかしがり屋のヤンデレさん。

「………………」


「………………っ」


 衣類の入ったバッグを持ち、二人並んで歩く夜道。


 なんというか、今俺と寧子さんの間には非常に気まずい空気が流れていた。


「……あの、寧子さん?」


「ひゃぅっ……! あ、ひゃ、ひゃい…………な……何でしょうか……?」


 声を掛けても彼女はこんな感じ。


 体をビクッとさせ、消え入りそうな声でどうにかこうにか返してくれる。


 理由はわかってた。


 俺に下着を見られて(というか事故で嗅がれてしまって)、恥ずかしさのあまりこうなってしまったのだ。


 本当に、本当に、申し訳ない。


 事故とはいえ、異性に自分の下着を嗅がれるとか恥ずか死に案件。


 それがたとえ洗濯済みであったとしても、だ。洗濯されてなかったら爆発四散してると思う。


「ごめんなさい。心の底から謝ります。もう何でもしますんで、どうか許してください。すみませんでした」


「ふぇ……!?」


 歩きながら、できる限り深々と頭を下げる俺。


 けれど、寧子さんはあたふたしつつ、首を横に振って、


「う、ううん、ううん……! あーくんは何も悪くないですよ……! 悪いのは……あーくんの頭に下着を飛ばしてしまった私の方で……うぅぅ……」


「で、でも、それは俺がそこにいたから……!」


「そ、そんなの悪いうちに入りません……! とにかく悪いのは私なんです……。私が自分の下着を飛ばした結果……あーくんはそれをくんかくんかしちゃって……」


「っ……」


「くんかくんか……しちゃって……」


「……?」


「くんか……くんか……♡」


 違和感を抱いた時にはもう遅かった。


 見れば、隣で恥ずかしがっていたはずの寧子さんは、はぁはぁ言って息を荒らげている。


 またこの流れですか……。


「よ、よく考えてみれば、これはある意味美味しいイベントだったのかもしれません……! 恥ずかしくてたまらないですけど……その羞恥心が段々背徳感に変わってきて……でゅへへへ……♡」


「……あの、これから寧子さんのこと、『変態さん』と呼んでもいいですか?」


「ふぇぇぇ!? そ、そそ、それは……! それは…………そ、そりはぁ……♡」


 またしても瞳をとろんとさせ、不気味に笑む彼女。


 垂れそうになっているよだれを「じゅる」と言わせながら吸い込み、息を荒らげていた。まさに進化するヤンデレ。いや、変態である。羞恥心もすべてスパイスにするとは。


「い、いい、いいかもしれません……♡ 古今東西……ご主人様に忠を誓うメス犬は『変態』と罵られて悦ぶもの……♡ 私もその感覚が段々とわかってきた感じがします……♡」


「お願いだからわからないでください。お願いします」


 さっきよりも深く頭を下げてみたが、もはや無意味らしかった。


 悦に浸っている寧子さんは、病み切った瞳をさらにもう一段階病ませ、完全に危ない色を浮かべている。


 頬を引きつらせるしかなかった。


 もうこの子、色々と手遅れかもしれない。


「そ、そうですよ……そうですよっ……♡ あーくんとはこれから共同生活をする身……♡ は、恥ずかしいところなんて……いっぱい……いっぱい見られちゃうんですから……ふぁ、ふぁいと、ですっ……! 寧子……!」


 可愛らしく、きゅっ、と胸の前で拳を握る寧子さんだけど、俺は口を半開きにさせ、斜め左上を見上げながら軽く絶望。


 力のない乾いた笑いが出てしまった。


「そんな最低な自分の鼓舞のさせ方初めて見ましたよ。俺、不安になってきました。監禁して寧子さんのストーカー癖を治そうとしてたのに、もっととんでもないモンスターを作り上げてしまうかもしれない」


「も、モンスターだなんてひどいですよぅ……。……でも、間違ってないかもしれないです……♡ あーくん狂いのモンスター爆誕♡ ……なんて言っちゃって……♡ ふ、ふへぇっ……♡ ふへへへへぇっ……♡」


「………………はぁぁ……」


 自分で自分の首を絞めてしまっていたのかもしれない。俺は。


 出て行くため息は、むなしいくらい星空に消えていく。


 我ながらストーカーをこっちから捕まえてやる、なんて名案だと思ってたのになぁ。


 俺はこれからどうなってしまうのか。


 先が思いやられる。


「……まあいいや。寧子さん、とりあえず今日の夕飯どうしましょう? 言い忘れてたんですけど、冷蔵庫には何も無くて、今から何か作るってのも遅い時間ですし」


「じゃあ……私を……た、たた、食べましゅか……?」


「うーん……。となると、やっぱり外食ですかねぇ。この辺で安い所って言ったら菊本食堂しかないんですが……」


「あ、あーくん無視しないでぇ! 無視が一番ヤですぅ! んにゃぁぁぁ!」


 やんやん言いながら、これでもかというほどに俺へ密着してくる寧子さん。


 胸がむにゅんむにゅん当たってくるが、俺は彼女の衣類が入ったバッグを両手に持っているので、簡単に逃れられなかった。


 堪能……じゃなく、そのままでいるしかない。心臓がバクバク跳ね、一気に顔が熱くなる。お願いだから自重してください、寧子さん……。


「わ、わかりました……! む、無視しませんから、ここで密着だけは本当に勘弁してください……! 誰が見てるかわからないし……お、俺だって色々こらえるのが大変で……」


「こらえるの……ですか?」


「は、はい……。その……む、胸が……」


 苦し紛れに言うと、寧子さんは慌てて俺から離れてくれた。


 顔をこちらから逸らし、何かをブツブツ言ってる。


 恥ずかしがってるのは一目瞭然だった。


 さっきとまったく同じ流れである。


「……じゃあ、寧子さん? 今日の夕飯は外食。菊本食堂に行くってのでいいですか?」


「…………ひゃ、ひゃい……」


「了解です。一度荷物を家に置いて、一緒に行きましょう」


「っ~…………わ、わかりました……」


 俺たちは、また微妙に気まずい空気の中歩く。


 もはや様式美だ。


 俺は、一人苦笑しながら星空を見上げるのだった。

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