第13話 わんこ志望のヤンデレさん。

 二人きりで寧子さんの部屋に入り、彼女は鍵を閉めた。


 恥ずかしい話、その時俺はとんでもないことが今から起こるんじゃないか、と内心ドキドキしていたのだが、さすがにそこまでのことはまだ起こらなかった。


 いくら寧子さんといえど、そういう貞操観念的なところはしっかりしてるみたいだ。


 どれだけ好きな人でも、自分の気持ちを一方通行に押し付けるんじゃなく、大切な初めては、ちゃんと心の準備ができた時にしたい。


 彼女にしては珍しく、恥ずかしそうにもじもじしながらそう言われた。


 その仕草にギャップを感じ、きゅんとしてしまったのはここだけの話なんだけど、少しツッコませて欲しくはあった。


 そもそも、俺と寧子さんはまだ付き合っていない。


 恋人関係でも何でもなく、監禁する側とされる側の謎関係。


 彼女の想いが重たいのはいいとして、せめてストーカー癖くらいは直して頂かないと今後のお付き合いが大変だ。


 同棲したら、その時にGPSを仕込まれそうだし……って、ちょっと待て俺。


 おかしい。おかし過ぎる。


 自分でも何考えてんだって感じだ。


 なんで寧子さんと同棲する前提で考えちゃってる。


 それはもはや付き合うのが確定事項みたいだし、彼女を監禁するのだってほとんど同棲のようなもので……。


 もしかしなくても、俺は寧子さんにとんでもないことをしちゃっているのではなかろうか……。


 今さら感あるけど、ようやく自分で気付き始めた。


 でも、そのくらいしなきゃ彼女のストーカー癖が治りそうにないのも事実だし……。


 うぅぅ……なんか他にいい案でもあったのか……?


 勢いでこんなことになっちゃってるけどさ……今……。


「どうしました、あーくん? 難しい表情でお紅茶飲んで。可愛らしいお顔が台無しですよ。どんなあーくんでも私は好きですが」


「……そ、そうですか」


「はいっ。ご安心くださいっ。たとえ何が起ころうと、私のあーくん愛は揺らぎませんっ。ストレスのはけ口にして頂いても結構なくらいですっ」


「ストレスのはけ口って……。そんなことは絶対にしないので安心してください。それよりも――」


「遠慮なさらず。ワンちゃんになれ、という命令も受けますし、赤ちゃんみたいに哺乳瓶でミルクも飲ませてあげます。あ、もちろんお尻だって好きなだけ叩いていいですからね? 『このメスブター!』って」


 はぁはぁ、と息を荒らげて興奮気味に言う寧子さん。


 なるほどだ。


 恋人同士、夫婦同士も、ある程度は損得関係で成り立ってるって聞くけど納得。


 ストレスのはけ口として彼女を利用する俺と、罵られたりして気持ちよくなっちゃう寧子さん。


 まさに利害が一致した関係。良好に付き合いが長続きしそう。


 そういうことだったら俺は寧子さんを――……とはなるはずもない。


 ため息をつき、俺は首を横に振った。


「そんなことしませんからね、寧子さん。ストレスのはけ口としてひどいことをしてもあなたは喜ぶんでしょうが、俺は寧子さんが傷付いたり、大変な思いをしてるのを見ていい気はしません。叩いたり、過剰に罵ったり、変態プレイを強要したりなんてしませんので安心してください。監禁はしますけど」


「や……優しいぃ……あーくん……あーくんあーくんあーくん……♡」


「監禁はしますからね? 優しくないですよ? あと、近いです。早く下着類まとめてください? 俺はもうあなたの衣類持って行けるようまとめちゃってるんですから」


「はっ……ひゃぃ……♡ も、もう、私は進んで優しいあーくんのワンちゃんになりたいくらいでしゅ……♡ このご主人様なら酷いことをしないっていう全幅の信頼を置いたうえで、いっぱいいっぱい忠誠を誓って……♡」


「はいはい。犬になるのもいいですけど、早く下着類まとめてくださいね。俺、あなたの下着を見ないよう必死に今目を逸らして紅茶飲んでるんです。こんなに近付かれたら、そんな努力も無駄になっちゃいます。お願いだから早くして」


「あぅぅ……♡ ご、ごめんなさいだワン……♡ 早くまとめちゃうので、もう少しだけ待ってて……?」


「は、はい……。待ちます。待ちますよ。ええ」


 心臓はドキドキ言いっぱなしだ。


 すりすりと擦り付けられる艶やかな黒髪からはいい匂いがして、気付いていないのか、柔らかい彼女の胸の感触がむにゅんむにゅん腕に伝わってくる。


 それに加え、シュンとして、甘えるようにおねだりしながらもう少し待ってくれるよう言ってくるんだから……。


 俺はもう、煩悩という煩悩を捨て去るため、頭の中で何度も念仏を唱えていた。


 ここまで積極的な行動を取ってきたとしても、彼女にエッチなことをするのだけは絶対にダメ。


 安易なことをして、寧子さんを傷付けるのだけは嫌だ。


 悲しそうな顔をしてる彼女を想像するだけで胸が締め付けられる。


 寧子さんにはずっと幸せでいて欲しいし、幸せにしてあげたい。


 それが俺の願いだ……って。だからそういうのがダメなんだ。


 幸せにしてあげたいって、それはもはや愛の告白でしかない。


 落ち着け俺、本当に落ち着け。


 彼女とはまだ監禁する側とされる側。彼女とはまだ監禁する側とされる側。


 早まるな。深呼吸しろ。深呼吸。


「すー……はー……すー……はー……」


 と、そういう風に呼吸を繰り返していると、トタトタ荷物をまとめている寧子さんが「あっ!」と声を上げた。


 どうした?


 そう思いながらも、深呼吸を続ける俺。


 すると、何やら顔部分にざらざらした布のようなものが乗っかった。


「……?」


 なんか、すごくいい匂いだ……。


「ああああああ、あーくん! ごごご、ごめんなさいっ!」


 見ると、それは――


「――!?!?!?」


 黒のパンツ。


 寧子さんの下着だった。


 俺は白くなって固まり、寧子さんは真っ赤になってパンツを回収したうえでベッドにダイブ。


 布団に潜り込み、あーあー叫んでいた。

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