第12話 二人はまだこのままで。
女の子の部屋に入ったことなんて、今までの人生で一度も無かった。
選びがちな家具の種類、匂い、そのすべてが想像でしかなく、現実的にどんな場所なのか、まったく俺は知らないわけだ。
でも、それは今日知った。
「……あーくん、こっちです。どうぞ……部屋の中へ……」
寧子さんが住んでいるマンションの一室。
そこは、丁寧に掃除が行き届いていて、必要最低限の家具が所定の場所にきっちり置いてあるような、完璧に近い空間だった。
決して豪華じゃない。
でも、一つ一つの清潔さに気品を感じる。
きっと毎日ちゃんと家事とかしてるんだろうな。
何もかも適当な俺とは大違いだ。
あんな俺の部屋なんかに監禁して大丈夫かな……?
住みづらくないかな……?
俺、もっとちゃんとしないとな……。
「……あーくん?」
心の中で反省していると、寧子さんはそっと俺に声を掛けてくる。
二人きりだからもっとしっかり声を掛けてきてもいいはず。
でも、彼女はいつもの病み行動とは違い、どこか控えめな感じで俺に接してきた。
ガンガンに合わせてくれる視線も、今ばかりは合わず、挙動不審。
近くにいてくれるものの、ゼロ距離密着はせず、もじもじしながら何か訴えようとしてくれてる雰囲気だ。
「……? ど、どうか……しました?」
俺が聞き返すと、寧子さんは自分の服の袖をキュッと掴み、目をギュッと閉じて、弱々しく言いたいことを言ってくれた。
「う、うぅ……そ、そのっ……な、なな、何か飲みたいもの……あ、ありまひゅか……?」
言って、「あっ」と噛んだことを恥ずかしがる彼女。
あたふたし、訂正しようとしてまた噛んでた。もうめちゃくちゃだ。
「……ぷっ」
「あっ……えっ……そ、そそ、そのっ……こ、これは、ちちち、違くて……」
「ふっ……ふふっ……」
「……? ……あー……くん?」
「ははっ……はははっ……! ははははっ……!」
「……???」
明らかにいつもと違う寧子さんを前にし、俺は少し笑ってしまった。
彼女はポカンとした後、すぐにまた赤面する。
自分の至らないところを笑われたと思ってるんだろう。
そんなことない。
「あーくん……! そ、そのっ、私っ……!」
「ぷっふふふ……! い、いや、違うんです。違うんですよ。俺、寧子さんのことバカにしてるわけじゃなくて」
「ふぇ……?」
「あんなにいつもは強気な寧子さんも、こういう状況になったら緊張するんだって思うと、妙に親近感が湧いて。ドキドキしてるの、俺だけじゃないんだって思ったんです」
「……!」
「なんか嬉しいです。こういう関係とはいえ、寧子さんのそういうところが見られたの」
「なっ……えっ……! えぇぇ……!」
「ごめんなさい。ありがとうございます」
冗談っぽく笑ったまま、俺はさりげなく手を合わせて礼をした。
寧子さんは顔と、綺麗な黒髪から出ている耳を真っ赤にさせながら、ぷくっと頬を膨らませる。
そして、俺に背を向けて。
「……あーくんのイジワルぅ……」
なんてことを悶えるような声でボソッと呟く。
でも、その後はいつもの彼女にすぐ戻った。
「け、けれど、こうしてあーくんから優しくイジワルされるの……普段あまり経験が無くて……ぞ、ゾクゾクします……じゅる……♡」
「あー……はいはい。よだれ出てますよ。お拭きしますね?」
「きゃぅぅん♡ ににに、二枚目のあーきゅんハンカチじゃばぁぁ!」
「語尾おかしくなってますって。どーどー。落ち着いて。ハンカチ舐めないでくださいね? あくまでよだれ拭くだけですから」
「はぁ……はぁ……♡ とれ……」
「もうそれ言わせません。一々ツッコむの面倒なので」
呆れつつ、寧子さんの口元をハンカチで覆ってあげる。
彼女は幸せそうに目をとろんとさせ、今にも意識を飛ばしてしまいそう。
俺は自分で何にドキドキしていたのか忘れてしまっていた。
とりあえず、服を取って帰ろう。
寧子さんと一緒に。
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