第3話 ふたりで一緒に晩ごはん。

 俺をストーキングしていた保野寧子ほのねいこさんは、俺と同じ大学に通う1年生だった。


 ただ、学部は違い、人文学部じゃなく栄養学部。


 栄養学に関して色々学んでいるようだ。どうも、学部授業で学んだことを俺に作っている手料理へ活かしていたとか。


 そういうこともあって、保野さんの手料理を食べ始めてから体の調子がいい。


 エネルギッシュに動けるし、頭もクリアで寝起きもスカッとしていた。なんという皮肉だろう。ストーカー飯で健康になるなんて。


「え……えへへ……ふん……ふふん……ふん♪」


「……っ」


 だからまあ、悪い人ではないみたいだけど、とりあえず1日中俺を監視するストーキングだけはやめて欲しかったから、家の中に閉じ込めてみた。


 明日は俺の家で1日を過ごすこと、と言って。


 ……なのに、だ。


「……あのー……保野さん……?」


「何でしょう? 仰くんっ」


 思い切り俺を下の名前で呼び、ハイライトの消えた瞳をうっとりさせながら嬉しそうに応えてくれる保野さん。


 俺は頬をひきつらせて言葉を続けた。


「その……どうして俺の家のキッチンでお料理を……? 今日はもう帰ってくださいって言った気が……」


「それは決まってますっ。仰君のための今日のお夕飯、まだ作ってなかったので。これから作ろうかと思いまして」


「……そこはもうコンビニ弁当で済ませようかと……」


「ダメですよっ。そんなの体に良くないです。私が冷蔵庫にあるものでお作りしますので、ゆっくりしていてください」


 言いながら、にへら、と頬を緩める保野さん。


 セリフの後、何やら一人でぶつぶつ呟いてた。


「今の……すっごく彼女っぽいです……」


 なんてセリフが聞こえたような気がする。


 妖しく頬を朱に染め、俺の方をチラッと見る。


 で、緩まった口元を抑えられない様子でまたフライパンに向かっていた。


 俺はもう冷や汗ダラダラ。


 今日はもう帰ってもらうつもりだったのに……。


 彼女の家の場所わかんないし、距離があったら最悪泊めなきゃいけないじゃないですか……。


 ご飯を作ってくれている手前、「帰れ!」なんて死んでも言えないし……。


「な、なるほど……なるほどねー……そ、それで、今は何作ってくれてるの……?」


 冷蔵庫にあるものって言っても、肉も野菜も調味料もほとんどない。


 シンプルに気になったが、彼女はニコニコしたまま答えてくれた。


「納豆オムライスです〜。卵とケチャップ、それからご飯と納豆がありましたので〜」


「な、納豆オムライス……初めて聞いたな……」


「美味しいんですよ? 納豆にオムライス? なんて思うかもしれませんが、この子は案外お料理において万能なんです。カレーとかにも合います」


「へ、へぇ……」


「もう少し、待っていてくださいね? あとちょっとで出来上がりますので」


 言って、保野さんは鼻歌混じりに料理へ集中する。


 卵焼きを焼く音と、チキンライス(鶏肉は無い)を作ってくれる音。それらを聴いていると、なんというか胸がホワホワした。


 恋人の女の子が家で料理を作ってくれるってこんな感じなのかな。


 しかも、彼女はあんなにも綺麗で……。


 考えながら、ハッとする。


 い、いかん。あの子は俺をストーカーしてた子でしかない。決して恋人などというわけでもなく……! あ、あぁぁ……!


「完成です、仰くんっ。納豆オムライス、召し上がれ〜」


 あぐらをかき、一人で悶々としていると、保野さんは完成した納豆オムライスを丁寧にお皿へ盛り、こっちへ持って来てくれた。


「お、おぉ……」


 唾を飲み込む。


 まさかあんな絶望的な冷蔵庫の中身でここまでのものが出来上がるなんて……。


「どうぞ、食べてみてください。あー君への想いをたくさん込めてみました。……て、私ったら……! あー君だなんて……きゃっ♡」


「っ……」


 もう何も言わなかった。いや、言えない。


 凄まじいスピードで進化する呼び方に、ただただ俺は閉口して冷や汗を流すしかなくなる。


 お、落ち着け俺……。


 彼女と俺はストーキングしていた側とされていた側……していた側とされていた側……。


 落ち着くんだっ……!


「で、では、い、いただきます……」


「うふふっ……召し上がれ〜」


 うっとりした妖しい色の瞳に見守られながら、俺は納豆オムライスを口に運ぶ。


「……!」


 半熟の卵と納豆の旨みが一気に口内で広がった。


 チキンライスの適度な酸味もいいアクセントになっていて、これは……!


「お、美味しい……」


 気付けば口から漏らしていた俺。


 その言葉を聞いて、保野さんの表情がパァッとまた一段と明るくなる。……相変わらず瞳の色は妖しいが。


「ほ、本当ですか? 美味しいですか、あーくん?」


「あ、あの、だから呼び方……」


 言うも、保野さんは俺の注意なんて聞かず、嬉しそうに体をくねくねさせている。


 身悶えして、謎に「はぁはぁ」と呼吸を荒らげていた。


「うぇへへ……ぐへへ……う……嬉しいです……嬉しすぎます……あー君に直接お褒めの言葉をいただけるなんてぇ……♡」


 そう言われて、一瞬彼女の料理を手放しに褒めていいものかという考えが頭をよぎった。


 いや、いい。


 こんなにも丁寧に精一杯作ってくれたんだ。感謝しない方がおかしい。


 保野さんの作ったこのオムライスはすごく美味しかった。


「う、うん。美味しい……美味しいよ……」


 バクバク口へ運んでしまう。


 それを見て、保野さんはもっともっと嬉しそうにしてくれる。


「おかわりならたくさんあるので、言ってくださいね?」


「ありがとう。でもせっかくだし、保野さんも食べてよ。一緒に食べよ? その、せっかく二人でいるんだからさ」


「っ〜……は、はぃぃ♡」


 もう俺の一言一言で顔を赤らめ、頬に手を添えてキュンキュンしてくれる彼女。


 腰を上げ、とてとてキッチンへ向かい、自分の納豆オムライスをよそってくる。


 俺たちはそれを一緒のテーブルで食べた。


 小さいちゃぶ台みたいなテーブルを囲んで。

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