第4話 監禁申請。今から。
オムライスを食べきり、俺はその場で一息ついた。
お腹いっぱいで大満足。
座っていたところから後ろに手をつき、「くぁー」と力なく声を出していたところ、膨れたお腹にいきなり手が添えられ、ビクッとする。
触ってきたのは言うまでもない。保野さんだ。
「あぁぁ……私の作ったお料理が……あーくんのお腹にこんないっぱい……♡」
「ほ、保野さん……? ちょ、ちょっとそういう言い方は控えません……?」
「いつも考えていたんです。あーくんのために作ったお料理を、あーくんはいつも食べてくださる。それはもはや私の息のかかった食材たちがあーくんの身体中を駆け巡って、筋肉も、脂肪も、骨も、何もかも作っているんだ、と」
「あ、あの……保野さん……? だからそういう言い方は……」
「ぐへっ……ぐへっ……! ぐへへへぇ……! そ、それはつまり、私があーくんの身体を作っていると言っても過言じゃなくて……! あーくんはいっぱいいっぱい健康になっているってことで……! ぎゅへへへへへぇ……♡」
「……」
冷や汗を浮かべるしかない。
恐ろしいけど、お腹に添えられたままの手つきは優しくて。
美少女に撫でられる嬉しさと、恐怖の入り混じった複雑な感情で、俺は保野さんの手をそのままにしておいた。
振り払うべきなんだろうか、これは……。
「あーくん……♡」
「はい。何ですか?」
呼び方に関しても、もう何を言っても無駄そうだったのでそのまま。
何でもいいや、という姿勢。
「やっぱり私、決めましたっ」
「何を決めたんですか? ストーカーを辞めようって遂に決心してくれました?」
「それはこれからも続けますっ」
「うん。大変素直でよろしい。ならばこちらも監禁だ。四六時中見られ続けるの辛いから」
「うぇへへへ……むしろそっちの方が……じゃ、じゃなくて……! こ、こほんっ……!」
誤魔化すように咳払いし、背筋をピンと伸ばす保野さん。
もしかしなくても、俺の策は彼女を喜ばせてるだけの模様。いや、だけってことは無いか。ストーキングは物理的にできなくなるわけだし。……家の中で何されるかはわからんから、そこは気を付けないとだけど。
「えっと……わ、私……今日の夜からもうあーくんに監禁されることにします」
「……は、はい?」
「今から監禁してください、あーくんっ。私を野放しにしていると何をするかわかりませんよ……!? あーくんのあんなとこやこんなとこを……の、覗いちゃうかもっ!」
「は、はぁ!?」
一丁前に俺を脅してくるストーカーさん。
まったくである。
自分の立場を理解されてるのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ったぁ! な、何!? 何言ってるんですか保野さん!? 今日の夜から監禁されることにした!? は、はいぃ!?」
「も、もう決めちゃいましたっ……。私は地蔵……ここから動かない……あーくんの身体を内外から御守りする地蔵……」
正座し、むーんと手を擦り合わせる保野さん。
何言ってんだ、と思いきりツッコむ。
動かそうとして肩に手を触れたら、「ひゃん♡」と良くない声を出し始めた。
触れようにも触れられない。
また呼吸を荒らげてるし、手の施しようがなかった。本当に地蔵である。
「ちょ、ちょっとちょっと保野さん! こ、困るよ! 今日からって、そ、それ、さっそく泊まるってことだよね!?」
「しょ、しょおでしゅ……はぁはぁ……♡」
「っ……! き、着替えは!? 生活用品は!? まだ何もないですよね!? そ、その辺りどうするんですか!?」
あと、心の準備も。
唐突過ぎて、俺はその辺りの準備が何もできていない。
お風呂にも入らないとだし、そんなことを今から彼女がし始めるとなると、緊張やらドキドキやらで頭がどうにかなってしまいそうだ。
けど、彼女は……。
「………………か……………」
「……? か……?」
「か……か……かかっ……」
「え……? な、何です……?」
真っ赤になって、冷や汗をかきながらもじじもじし、やがて言う。
「貸してください……あーくんの……タオルとか……ふ、服とか……」
「んぁぇぇぇぇ!?!?!?」
ダイレクトアタック。
まさかのお願いに俺は頓狂な声を出してしまった。
「きょ、今日の夜だけでいいです……な、何も毎日とは言いません……明日には……家に服を取りに行って…………あ♡」
またちょっとダメな声を出して何かを思いついたらしい彼女。
ドキドキしてしまう。今度はいったい何なんだ。
「そ、そういえば、私は監禁されているんでした……♡ 家の外に出てはいけない身……♡ こ、これは……誰かに服を取りに行ってもらわないとぉ……♡」
「っ……!!!」
「し、下着も……誰かが……はぁはぁ……♡」
「っっっ……!!!!!!」
ま、まずい。
これはもしかしなくてもまずいことになってしまったかも。
「そ、そういうことですので……あーくん……今日からよろしくお願いします……」
「い、いや、だから俺はまだ……!」
「心の準備は色々とできておりませんが……あーくんのためなら私……何でもしますので……」
「っ……!」
「よろしくお願いします」
何を言われても彼女を追い出すつもりだった俺。
でも、それができなかったのはやっぱり……。
「大好きです……あーくん……」
歪みきってねっとりしてるも、彼女が確かな好意を俺に伝えてくれるからだったのかもしれない。
本当に歪んでるんだけどな……。
「……っ〜。し、仕方ないな……わ、わかったよ……泊めますよ……」
「あぁぁ……! 嬉しいでしゅ♡ ありがとうございましゅ♡ あーくんあーくんあーくぅん♡」
わんわん、と子犬みたいに俺に抱きついてくる保野さん。
ただ、子犬は子犬でもその目は病みきっている。明らかにやばい色。俺、今日の夜何もされずにいられるかな。
「は、離れてください……! そうと決まれば俺、コンビニで歯ブラシとか適当なシャツみたいなもの買ってくるので」
「い、いらないですよ、そんなのっ!」
「は、はい? いるでしょ? まさか、歯磨かないつもりですか?」
「あーくんの使いますっ」
「はいはい。聞いた俺がバカでした。行ってきます」
「あぁぁ……! な、なら私も行きますっ……! お供しますっ……!」
「……? いいですよ。俺一人で行きますから」
そう言うものの、保野さんは俺の腕にしがみつき、ふるふると首を横に振っていた。
なんかお母さんに置いていかれないようとする小動物みたい。
可愛いけど……なんか本当に一人になるのが嫌そうだったので、俺は仕方なくついてくるのを了承。
保野さんは嬉しそうに頭を俺に擦り付けてくるのだった。
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