第2話 監禁します
ストーカーを家の中に追い込んで捕まえた。
冷静に考えると、それはとんでもないことで、加えてそのストーカーっていうのも女の子だったし、色んな意味で俺の行動はヤバいと思う。
けど、こっちはこっちで色々苦労してたんだ。
日々うしろを尾けられ、微妙な緊張感を日常生活のありとあらゆる場面で与えられ、挙句の果てには手作り料理まで家の玄関に置かれる始末(美味しいからいつも食べてるが)。
こんなの、もう暴挙に出てもいい頃だ。
ヤバい人には、ヤバい行動で返す。
その答えとして、俺はストーカーを家の中に閉じ込めて説教してやろうと思ったんだけど……。
「ふぇ……?」
味気のない電気が付いた部屋。
いつも俺の使っているシングルベッドの上に、この世の存在かと疑いたくなるほどの美少女が女の子座りをしている。
俺のベッドを抱きかかえ、頬を引きつらせながらこちらを見つめていた。
時が止まっているような感覚。
怒涛の勢いで言葉責めしてやろうと思ってたのに、その気概は消え失せ、俺も俺で口を半開きにして見惚れるばかり。
傍から見たら、たぶんお互いに何やってるんだってツッコまれそう。
でも、仕方ない。それくらいストーカーは可愛かった。
キャップから伸びている黒髪は部屋の電気の光を反射させるほど艶やかで、パッと見華奢でありながら、その下にある二つの膨らみは、パーカー越しでもわかるくらい程よく大きい。
もう自分でも何が起こってるのかわからない。
本当にこんな可愛い女の子が俺なんかをストーカーしてたのだろうか。ただの勘違いじゃないか。勘違いだったら逆に俺のしてることの方が犯罪だぞ。
「あ…………ッスー……」
「ぇ……ぁ……ふぇ…………」
誤魔化すように不自然に酸素を吸い込む俺と、ただただ困惑して涙目になってる彼女。
何て声を掛けていいのかわからなくなってる。
説教……? どうやって……? まずは「ようこそいらっしゃいませ」くらいから言った方がいいんじゃないか……? 「俺の家へようこそ。へへへ」みたいに。いや、そこでニヤけたらどう考えてもキモい。何でこんなことしたのか説明しないと。次の日から俺は犯罪者になってしまう。ヤバいヤバいヤバい。
「あ、あの……」
「ふ……ふへ……」
「……? ふへ……?」
な、何だ……?
「ふへへ……ふへへへぇ……」
な、なんか笑い始めたぞこの人……?
ていうか、その笑い方は俺がしようとしてたやつなんだが……?
「い、いい匂いですね……この枕……。と、とても……じょ、じょじょ、じょうじ、じゃなくて、上品な香りがししし、しましゅ……うぇへへ……」
冷や汗をかきまくり、キョどりながらニチャ笑いを浮かべる美少女さん。
なんか色々なことを一瞬で察した。
あぁ、この人はストーカーで間違いない。
するならもっとイケメンに対してストーカーすればいいし、何で俺なのかは疑問でしかないけど、とにかくストーカーなのは確定。
うん。よくわかった。
「……具体的に……どんな感じでいい匂いなのか聞いていいですか……?」
「ふぇ……? ぐ、具体的に……でで、ですか?」
「うん。ちょっと聞かせて欲しい」
無表情で淡々と言う俺。
彼女は彼女で枕の匂いについて詳しく聞かれたのが嬉しかったからか、ニヤけたまま鼻息荒く嬉しそうに語ってくれ始めた。
「ま、まずですね、これは基本的なことですが、物田君の香りが全体から感じられるのがいいです。いつも寝ている時、頭をくっつけているものなんだろうなぁ、っていう想像が簡単にできますし、それと同時に嫉妬もしちゃいますね。『くそぅ、この枕め!』って。でも、その嫉妬がまた匂いを堪能するうえでいいアクセントになって……。なんというか、匂い自体は普通なんですよ。物田君の香りだぁ……はぁはぁ……って感じなんですけど、そういった物理的な香りと、背徳感みたいなものが折り重なって最高なものになっていると思うんです。絶品です。買います。5万円は出したいくらい。代わりの新品枕を買うお金はまた私の方でお支払いしますので!」
人間、好きなものを語る時は目が輝くという。
俺の枕を語る彼女の目は不思議なものだった。
輝いているのだが、その光が明らかに妖しい。
例えるならば、邪悪さを感じる濁った光り方というか……。
完全にヤバい人だった。
とりあえず安心。俺のやってることは犯罪じゃなくなりそう。
「……なるほど」
「うぇへへ……はいっ……。あ、それとそれと、いつも私の作ったお料理食べてくれてありがとうございます……。スーパーで『たまたま』見かけた時、ちゃんと栄養取れてるかなぁ……大丈夫かなぁ……って思っちゃって……それ以降作るようになったと言いますか……んへへへぇ……」
幸せそうにニヤニヤするストーカーさん。
さすがにこれはツッコませてもらうことにした。
「たまたまってのは嘘だよね? 俺のこといつもストーキングしてたよね? スーパーで買い物してる時も尾けられてたの知ってるし」
「うぇ……!? ん……んんん……な、何のことだか……?」
「ごめんね。いつもコソコソ隠れてるの見てた。怖いから話し掛ける勇気がその時はなかったんだけどさ、俺も」
「こ、こわっ……!?」
謎にショックを受ける美少女ストーカー。
俺はさらに続ける。
「作ってくれてるご飯にも変なもの入れてたんじゃないの? 今だから言ってみて? 嘘は無しで」
「そ、そんなことしてないですっ。私は物田君に健康でいて欲しくて……元気な姿をいつだって見せて欲しいからお作りしたまでで……だからあなたが不健康になるようなことだけはしてないと言いますか……」
「じゃあ、健康を損なわないレベルで入れてた変なモノは?」
「……!」
ストーカーの体がビクッとする。
この人……やっぱり入れてたのか……。
「嘘は無しね?」
俺が重ねて言うと、彼女はまたしてもビクッとして、
「ごめんなさい……入れてました……」
「うん。何を?」
「……そ、そそ、その……うぅ……」
目をぎゅっとつぶって、顔を真っ赤にするストーカー。
いったい何を入れたんだこの人。
とりあえず何を言われても驚かない準備はしておこう。
王道なのは血液、髪の毛、それから他色々……。
「……も……物田君が……私のことを好きになるおまじないを少し……」
「……え……」
「こ、こう……好きになってください~って念じて……毎回念を入れていました……」
「……っ」
なんか思ってたのと違った。
もっと物理的なもの……血液とかをしっかり入れてるのかと思ってたのに。
「え、えっと、それは隠語とかじゃなくて? 念ってのは血液とかそういうものじゃないの?」
「そ、そんなことしません……。本当はしたいんですけど……人間は自分以外の人の血液を取り入れると……そこから感染症になったりするので……」
「……め、めちゃくちゃ俺のこと考えてくれてるんだね……感染症って……」
「……はい。何度も言いますけど……物田君の元気な姿を私はずっと見ていたいので……」
「うっ……ふっ、ふぅ~ん……?」
ヤバい。
今の発言はヤバい。しかも、恐るべき上目遣い。
ストーカーなのに。不審者なのに。説教しようと思ってたのに。
動悸が激しくなる。
この人のことを好きになってしまいそうだ。
「こ、この部屋の中に思わず入っちゃったのも……物田君のことをもっと知って……他にできることはないか確認するためで……へ、へへ、変な思いは無くて……」
「……な、なるほどね」
「け、決して物田君ニウムをこの機会に体内へ大量保存しておこうとか、そういうことを考えてたわけでもなくてですね……! ほ、本当に……あああ、あなたのことを想って……」
「っっっ……!」
「わ、私は……ほ、
耳まで赤くしながら告白してくれる保野さん。
俺は本当に単純だと思う。
突然こんな可愛い女の子に想いを告げられて、告白されて、一瞬で好きになってしまっていた。
自分の本音に素直に従えば、返答としてするべきは『俺も好きです』だろう。
ただ、ここに来て変な真面目さというか、臆病さが出てしまう。
初めて会話する保野さんに対して、簡単に『好き』と返してしまえば、逆に『容姿だけで好きになったんじゃないか』と不安にさせないだろうか。
ここはもっとお互いのことを知ってから想いを告げる方がいいはず……。よ、よし。
「わかった。ありがとう。保野さんのこと、よくわかった」
「……っ~……う……うん……」
弱々しくコクンと頷く保野さん。不審者のくせに可愛過ぎる。……が、
「ま、まずはね、ストーキング癖をやめてもらうところから始めます」
「……へ……?」
きょとんとする彼女。
俺は咳払いして続けた。
「ほ、保野さんを一日だけ俺の家の中に閉じ込める。一日だけ家にいてもらって、俺を監視する癖を失くしてもらう」
「……それって……」
「か、監禁する! 監禁してやる、君のこと! 告白はその……う、嬉しいけど、ストーカーするような子とは付き合えないから!」
「ふぇぇ……!?」
泣きそうな顔になって、すぐに彼女は「でも待てよ」と涙を引っ込めた。
俺の言葉のすべてを咀嚼し、『監禁』というワードに対して反応したからか、またしても不気味な笑みを浮かべ始めた。
「つ、つまり……それは……い、一日中物田君の部屋の中にいられるってことで……」
「そ、そうだね! いられるね! ていうか、いてもらう! 監禁だから! 部屋の鍵も開けちゃダメだよ? 約束!」
「……うぇへ……うぇへへへへ……は……はぁい……」
確実に嫌がってる顔じゃなく、喜んでいる顔……いや、何か良くないことを企んでいる顔だった。
俺も複雑な思いを抱えながら「ぐぬぬ」と悶えるしかないわけだが……仕方ない。自分でああ言った手前だし。
「じゃ、じゃあそういうことで、今日はもう帰っていいよ! 明日、朝から俺の家に来てもらう! そこから監禁! 授業は俺が出席カード出しておくから!」
「あ……それはちょっと無理かも……です」
「え? 無理?」
「私……物田君と学部違って……栄養学部なので……」
「え、えぇぇ!? そうだったの!?」
毎回この人俺のこと授業中陰でこっそり見てたから、てっきり同じ人文学部かと思ってた……。
てことは、自分の学部の授業には出てないってこと……? 出席大丈夫なのか……?
「栄養学部で学んだことを……物田君に作ってるお料理へ活かしてました……。えへへ……授業は退屈ですけど……役立ってよかった……」
「そ、そんなことより自分の単位の心配して!? 出席してるの!?」
「大丈夫です……。物田君のためなら……えへへ……単位の一つや二つくらい……」
「授業出て! お願いだからほんと!」
切に懇願する俺だった。
けどまあ、とりあえず明日はたまたま講義を入れていない全休日にしてたらしい。ちょうどよかった。
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