第3話 日課

「師匠、今帰ったよ」


 村外れの師匠の墓所がある場所に着くと僕はそう言った。

 僕を救ってくれた恩人で、最も尊敬する男はこの墓の下で眠っている。

 

「無事、任務は完了してきたよ」


 任務を終える度に師匠に挨拶するのが日課だ。

 ちゃんと任務を終え、誰かを救ったと報告するのが死んだ師匠との約束なのだ。

 

「師匠、報告があるんだ」

 

 僕はユナの事を話した。

 ついて来たいと言って了承した事や昔師匠に拾われたことを思い出した事、命を狙われていた事を全て話した。


「師匠、僕は間違っているかな?」


 正直な話、標的の関係者を連れてくるなんておかしいのは分かっている。

 だけど、間違っているとも思えないのだ。

 そう言うと、暖かな風が吹いてくる。 

 間違っていないと言ってくれているようなそんな気がした。

 

(そうだよな、間違ってないよな)


「間違ってる間違ってるんじゃないんだよ、自分が正しいと思ったことが正しいんだよ。 誰が何と言おうとね」

 

 師匠の言葉が頭によぎる。

 師匠は自由奔放だった。 

 自由人で何事にも楽観的な性格だった。

 それゆえに厄介ごとに巻き込まれる事も多かったが、師匠と過ごす日々はそれほど悪いものではなかったのだ。


「それじゃ、僕は行くよ」


 日課は終わり僕はその場を後にする。

 村に戻り、ユナの様子が気になったのでミリネの家へ向かう事にした。

 今日も訓練してるな。

 ここは盗賊や魔物が現れるので自己防衛の為の訓練場だ。

 でもまぁ、ほとんど盗賊など現れた事はない。

 被害が出そうになったら僕らがほとんど始末しているので、今では子供のあそび場のようになっている。


「あ、にいだ」

 

 訓練場でランニングをしている蒼髪の少女クロナがこちらに気づいたのか声を掛けてくる。


「今日も精が出るな」

「うん、兄の言うように頑張ってる」


(これは、頭を撫でてほしそうだな)


「えらいな」

「ん」


(嬉しそう、なのか?)


 この子の表情は分かりづらい。

 無表情というかなんというか、あまり表情を面に出さない女の子だ。


「兄、しゃがんで」

「はいはい」


 彼女の言う通りにすると、彼女は僕の首に腕を回し抱き着く。


「元気摂取」

「ったく、甘えん坊だな」


 しばらく潜入して帰ってこなかったのが寂しかったのだろう。

 

「ん、満足」

「そっか」

「兄、どこ行くの?」

「ミリネの家にちょっと用事でな、一緒に来るか?」

「ん、行く」

「じゃあ行こう」


 そうして歩いていると、繋いでいきたいのだろうクロナは小さな両手でギュッと掴むとミリネの家に着き、ノックする。

 

「は~い。 いらっしゃい、準備出来てるよ。 お、クロナも来たの?」

「ん、御呼ばれした」

「そっかそっか」


 そう言うと、後ろから村の服を来たユナが恥ずかしそうに出てきた。


「似合ってるじゃないか」

「あ、え、そう? えへへ」


 照れくさそうに彼女は笑う彼女にクロナは指をさす。

 

「誰?」

「あぁ、今日から住むユナだ。 仲良くしてやってくれ」

「そうなんだ。 私はクロナっていう、よろしく」

「ユナです、よろしくねクロナちゃん」


 そう言うと、クロナは僕から手を離し彼女の元へ向かう。

 

「一つ聞いていい?」

「何かな?」

「兄とはどういう関係?」

「命の恩人かな、殺されそうだった私を助けてくれたんだ」

「それ以外は何もない?」


(クロナめっちゃ質問攻めするな)

 

 あまり人に興味のないクロナが初対面のユナに喋りかけているのが珍しかった。


「それ以外って何?」

「……ん、何でもない」

「そっか」

「ん、ユナ、これからよろしく」

「え、あ~うん。 クロナって呼んでいい?」

「ん、いいよ。 私もユナって呼ぶ」


 なんかよくわからんが、仲良くなってくれてよかった。 

 クロナは消極的な部分があり、そのせいかあまり友達がいないので、積極的なユナならいい友達になってくれるだろう。

 

「兄、ユナを案内したい」


(クロナが自分から積極的に言うなんて珍しいな)


「あ、じゃあ私も行きたい!! いいでしょユナ」

「うん!! 皆で一緒に行こ!!」


 どうやら僕が案内する必要はないようだ。


「それじゃ、僕は帰るよ。 後は任せたよ」


(久しぶりに魔法術の訓練できるな)


 魔法術、魔法や魔術の合わせた総称だ。

 魔法使いは魔導士、魔術使いは魔術士と呼ばれ魔法術は魔法術士と呼ばれている。


「何言ってるの?」

「兄も一緒に来る」


(なんで行かなきゃなんないんだよ。女子3に男子1は気まずすぎるわ)


「二人いれば十分だろ」

「そういう問題じゃない、兄は来るべき」

「はぁ~」


 逃げられないようにミリネとクロナに両手を掴まれる。


「嫌ならいいよ、君だって忙しいだろうし」


(ユナ、なんていい子なんだ)

 どこかの二人とは違い気遣いが出来る女の子だ。

 

「ユナ、駄目だよ。 レイルは甘やかすと他人任せになるんだから!!」

「そう、兄は直ぐにサボるから捕まえてないと駄目」


(酷い言われようだな)


「お前等、言いすぎだろ」

「だってそうじゃん!! 任務組んだ時だって私とクロナばっかりやらせて自分は傍観してるじゃない!!」

「それはお前らがへましないように見ているだけだから」

 

 ミリネやクロナは危なっかしい所があるので見ていないといけない。

 実際ミリネは稀にここ一番でへまをするし、クロナはまだ一人でする経験が足りないので詰めが甘い。

 だからこそ、二人が任務の時は僕が同行すると決めているのだ。

 

「そう言って私が何度危険な目に遭ったか」

 

(それは感情的になるからだろうに)


 彼女は結構な確率で感情に走ることが多い。

 酷い行為については悲しんだり激昂したりして罠だとわかっても行く傾向にあるので彼女は危険な目に遭う事が多いのだ。

 師匠としてそれは何度も言い聞かせてはいるのだが、一向に治る気配がないのだ。

 

「それはミリネが感情的になるのが悪い」


(急に方向転換したな)


 さっきまでミリネと僕を非難していたのに、急にミリネを刺した。

 

「なんですって!?」


(ほ~れ、感情的になった)


 直ぐ感情的になるなといつも言っているのに、彼女は直ぐに沸騰した。


(これは、いつものになるかな?)

 

「ミリネは戦闘も感情も直線過ぎ、少しは制御を覚えるべき。 兄がそれで毎回迷惑してる」


(あ~あ、言っちゃったよ)


 クロナは言いすぎる癖がある。

 今回に関しては流石に言いすぎだ。


(痛い痛い痛い)

 

 ミリネは僕の肩をぎゅっと掴んで俯いている。

 彼女もわかってはいるのだ。

 自分自身が直情的で直感で動いている事をわかっている。

 だけど、それは必ずしも悪いとは限らない。

 彼女の場合、その直情的な判断が必ずしも悪い方向へ行くとは限らない。

 直感的、理論など関係なく自分の勘で動けるというのは一種の才能だ。

 戦いにおいてそれは時に自分の命を救うことだってあるくらいだ。

 だから必ずしも悪いとは言い切れない。

 

「クロナ、言いすぎ」


 嗜めるとクロナは納得がいかないのか、不満そうに頬を膨らませてソッポを向く。

 彼女の味方をしてくれず拗ねているのだろう。

 

「ミリネ、気にするなよ。 お前にはお前の良さがあるんだから」


 僕は別に彼女の事を否定する気はない。

 変に変えようとはせず、彼女自身で正解を見つければいい。

 それが直情的であっても、それは感情に素直と人間としての彼女の長所だ。

 ゆっくりでいい。 

 僕が死ぬまでに彼女なりの戦い方をどんどん確立していってくれればいいと思うのだ。

 

「兄、私は?」

 

 クロナは袖を引っ張り頬を膨らませながら見てくる。

 

「クロナもいい所沢山あるぞ」

 

 クロナは周りを見るのに向いている。 

 周りを見て適切な行動をとる。

 いわば、指揮系統に向いているのだ。


「うん、兄わかってる」


 そう言って満足していると、ユナが私の前に立ちじっと見つめてくる。


「どうした?」


 無言の圧を感じる。

 何かを言えと言っているような気がした。 

 

 

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