第2話 刺客
「それじゃ、準備してく……」
「待て」
誰かいる。
異様な雰囲気が彼女の部屋から漂っている。
隠しきれない血の混じった暗殺者の匂いだ。
「誰かいる」
「え、なんでわかるの!?」
「長年殺し殺されをやってるからな、少し下がってろ」
誰かいる程度ならここを諦めて逃げるという手はあるが、この感じは気づかれてるな。
視線扉の向こうだが、確かにこちらの気配を感じている。
逃げても確実に追ってくるだろう。
「ここを離れるぞ」
敵が罠を張っている可能性がある。
先に来て張り巡らせているのならば、こいつを抱えていくのは危険すぎる。
彼女の部屋にいる時点で、彼女を狙っている可能性は十分高い。
「はい」
そう言って僕らは離れようとすると、扉が開かれる。
「逃げんのかよ、この臆病者」
そう言うと、一人の屈強な暗殺者が現れる。
「あぁ僕は臆病者さ、そういう君は蛮勇者かな?」
僕はそう言って煽る。
出てきてくれたのなら好都合だ。
これで平等になった。
「逃げるならその女おいてってくれねぇ? 依頼なんだわ」
「依頼?」
「あぁ、こいつの婚約者に連れてきてくれってな。 監禁するんだって」
誘拐されたという事にしておいてそいつの玩具または奴隷として扱うのだろう。
(汚いな)
「そんで誘拐したら俺におこぼれくれるってんだよ、こいつで楽しんでいいって最高じゃねえか」
(なんでこいつは生きてるんだろう?)
その顔が物凄く気持ちの悪い顔になる。
「何ならお前も楽しむか?」
「楽しむの?」
(なんで僕を見る。 んで、なんで嬉しそうなんだよ)
この状況でこいつはなんでこんなに余裕そうなのだろうか?
「僕は楽しまないから、あっち行くか?」
「意地悪、行くわけないって知ってて言ってる」
拗ねたように彼女はそう言った。
訳が分からん。
「だそうだ、残念だな」
「ふざけてるのか?」
「僕は至って真剣だけど? こいつは知らんけど」
「分かってて言ったくせに」
彼女がそう言うと、男が突進してくる。
「何かお前ムカつくな」
しょうもない掛け合いのせいか、向こうのほうが苛立ちを隠せないのか剣を振りかぶる。
「大振りすぎるよ、君。 うん、欠伸が出そうな程に遅い」
僕は間合いを詰め、彼の両腕を剣で切断する。
男の顔を見ると、何が起こったかわからないと言った感じだった。
「どうする? まだやるかい?」
後ろに下がりそう言うと、男は泣きながら命乞いをしてきた。
ついでにもう片方の腕を切断したので、もう彼にできることはなかった。
「やらない、見逃してくれ……俺は依頼されただけで仕方なかったんだ。 お前も暗殺者ならわかるだろ?」
(この期に及んで依頼主のせいか)
救いのないようなくずだった。
こいつに生きる資格はない。
「楽しんでたじゃんお前」
僕はそう言って苦無を投げると、彼の額に突き刺さり気色の悪い命乞いは永遠に聞こえなくなった。
「気分は大丈夫か?」
「大丈夫だよ、守ってくれてありがと」
「あ、あぁ……」
間近の死を見て何とも思わないなんて、この子はやっぱりどうかしてる。
普通、人の死というものは誰だって心が痛むものだ。
慣れているとしても多少は胸に何か痞える物がある。
僕だって例外じゃない。
例外があるとすれば快楽者、人を殺すのに喜びを見出すくらいの奴位だ。
そういう奴は人の死を笑ったり悦に浸ったりする兆候があるのだが、彼女にはそれは見られない。
「随分と慣れてるんだな」
「慣れてないよ、だって人が死んでるんだよ?」
笑顔でそういう彼女だが、必死に笑顔を作っているのがわかる。
この感じは表情を作る訓練をしたばかり未熟な暗殺者に似ている。
「無理して笑わなくていいよ、辛い時は辛いっていった方がいい」
彼女の生い立ちは気になるが、この感じは聞かない方がよさそうだ。
「さて、敵はいなく……!?」
後ろから気配がする。
急いで彼女を突き飛ばし離れるとその間から銀閃が振り下ろされる。
「へぇ、今のをよけるんだ」
細身の男がニヤリと笑いながらそう言った。
直前まで気配がなかった。
相当な手練れだ。
先程の奴は殺気全開だったが、こいつは抑えている。
「危ないじゃないか、彼女の綺麗な腕が切断したらどうしてくれんだ」
皮肉たっぷりに彼に言う。
そう言うと男は笑いながらこちらに襲い掛かってくる。
速いな。
スピード特化型の暗殺者か。
「倒れるまでに何度穴をあけれるかな!?」
「遅いよ」
連撃を繰り出そうとしたが、僕は彼の初動で腕を掴む。
こういう奴ってわかり易い。
いくら連撃を行おうと初動を封じれば、何も出来ない。
「なっ!?」
驚いたように彼は左手に持っている刃をこっちに突き刺そうとする。
(見え過ぎる)
「暗殺者が動揺しちゃいけないって君は師匠に習わなかったのかい?」
突き刺そうとした剣を腕で絡め彼の腕を叩き折る。
痛みで男は右手に持っていた剣を離す。
一流かと思ったが、そうではないらしい。
折るついでに左腿も刺していたので、彼は足元から崩れ落ちる。
「君、未熟すぎない?」
そう言うが、彼は痛みでそれどころではないのか泣き叫んでいる。
そのまま彼の顔に手を添え力を籠め、彼の命脈を断つとその男も二度と声を発することはなくなった。
(暗殺者が二人か)
二人だけというのは考えにくい。
普通、暗殺や誘拐を実行するには複数、大体五人ほどで任務を行う。
これは見張りや護衛の排除、それぞれの配置につくために少なくとも五人ほどで動くのが暗殺者の基本だ。
(あと三人か)
だが、実働部隊がこの二人だけとは限らない。
少なくともあと数人はいると考えていいだろう。
「すまない、ここは諦めてくれ」
少女にそう言うと、彼女はもじもじしながらうわごとを呟いていた。
毒でも喰らったのだろうか?
「おいてくぞ」
「あ、待ってよぉ~!!」
そう言って彼女は後ろをついてくる。
面倒な子を拾ってしまったものだ。
(師匠も僕を拾った時、こんな気持ちだったのかな?)
そうして僕らは正面玄関ではなく、側面の窓側から出て行く。
正面玄関と裏口にはきっと暗殺者が配備しているだろうから。
僕が紛れているとバレてなければ、ここからでられるはずだ。
「悪い、少し触るぞ」
そう言って僕は彼女を抱きかかえる。
ここからは一気に行った方が逃げ切りやすい。
ついでに侵入者用の結界があるので、ここに触れれば警報が鳴るようにして奴らに罪を着せようと思う。
「重くないですか?」
恥ずかしそうに彼女はそう言った。
さっきから過激な発言をしている割にこういうのは赤面するのか、こいつは分からん。
「行くぞ、しっかり捕まってろ」
彼女の問いを無視してそう言うとギュッと僕に抱き着く。
魔法を発動する。
身体強化と
身体強化で一気に踏み込み風脚で速度を上げる。
そうして僕は屋敷から数十キロ離れた上空で止まる。
そして魔法を展開する。
「翼を広げ大空を羽ばたかん、魔翼」
魔法を唱えると黒い翼を作り出し、空を羽ばたく。
この先だったら目立たないな。
そうして彼女と共に王都の外にある場所に適当に降り立つ。
「このまま先の村に向かうよ」
僕の拠点へ向かうと、紅髪の女性がこちらに気づいて近づいてくる。
同じ暗殺者の仲間のミリネだ。
「お、帰ってきた。 標的は無事やれた?」
「あぁ、余裕でな」
「そっか、そんでその子は?」
「拾ってきた、名前は……なんだっけ?」
聞くの忘れてた。
色々あって忘れてたというか、面倒くさくて聞いてなかった。
「ユナです」
「ユナちゃんね。 私はミリネ、ミリネ・ベリルよ、よろしくね。 それで、どうしてこんな可愛い子をどこで拾ってきたの?」
「今回の標的を始末した場所で殺されそうになってた場所」
「……はぁ? え、何? その子標的の子供か何か?」
「いや、彼は今回の標的の息子の婚約者らしい」
彼女からはそれ以外にもありそうだが、聞かない方がよさそうな感じだったのでミリネには伏せておくことにした。
「へぇ、婚約者ね。 んで、その標的の息子の嫁をなんで連れてきたの? 可愛いから?」
「んなわけあるか、確かに可愛いけどここに来たのは彼女の意志だ」
誤解のある言い方はやめてほしい。
まるで僕が誘拐してきたような言い方だ。
ちゃんと彼女の意志に従ったまでなのだ。
「本当にぃ~? 行く所ないなら家来るか?っていったんじゃないのぉ~?」
(鬱陶しいな)
悪戯っぽく揶揄うように言う。
こいつは僕に対して常にこういう態度なのだ。
「僕を何だと思ってるんだ」
「あはは、ごめんごめん」
「全く、それよりミリネ、この子に服を与えてやってくれ」
「うん、わかった。 行こ、ユナちゃん」
「はい、それでは」
そう言って彼女はミリネに連れられていった。
(さて、師匠の所行くか)
そうして僕は村外れのある場所へ向かうのだった。
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