第26話

部屋の中を智代からもらったダージリンのマスカテルフレーバーのいい香りが充満する中、歓迎会と評して、スイーツを食べながら5人で楽しく話していた。


「杏奈さんはすごいんですよ~?  私がいじめられていたところを助けてくれたんですよ~」

「へ~それはすごいですね~」

「えへへ……それほどでも」


 褒められた亮は、照れた顔をしながら頭を手でかく。


「本当にすごかったんですよ~杏奈さん論破術! まるで男の人みたいでかっこよかった~」

「男みたい……?」


 男と言うワードを唯が口にした瞬間、智代は不快感を示し始める。


「ど、どうしたの……?」


 慌てた亮が、そう聞くと、智代は亮を睨みつけ始めた。


 焦った亮は、慌てて誤解を解こうとする。


「もしかして、杏奈さん男じゃないですよね……?」

「いやいやこんな可愛い声を出せる人が男な訳ないじゃん!  ね? 2人とも?」


 隣に座っていた麻奈美や恵梨香も同じように慌てて、うんうんと頷く。


 そう聞いた智代は柔らかな表情となる。


「そうですよねー。こんな可愛い杏奈さんが男なわけないですよねー!」


 安心した智代は、亮の足の上に座ってくっつき始めた。


 それを見た麻奈美や恵梨香は驚いて、目を丸くする。


「あ、あの……。もしかして男性が嫌いだったりする……?」

「もちろんじゃないですか。殿方の事は大嫌いですよ?えぇえぇ……」


 そう言いながら持っていたエクレアを握りつぶす。


 握りつぶされたエクレアを見て亮は心の中で「ひぃ!」と声を上げてしまう。


「な、なんでそこまで嫌いなの……?」

「それは男がこの世で一番野蛮で穢らしい生物だからです。絶対に同じ空間にもいたくもないです……」


 気分の悪そうな顔をしながら、智代がそう語る。


(ごめん、今君がくっついてる人男なんだよね……)


 亮は心の中で全力土下座をかます。


「もし、私の体に男が触ろうものなら、股間に蹴りを入れますよ?」


 想像しただけで身の毛もよだつような事を言う智代に亮はタマヒュンするような感覚に襲われていた。


「あぁ……杏奈さん……こんな話をしたら少し気分が悪くなってきました~」


 ふらーっと力を抜いて、わざとらしく智代は亮にもたれかかる。


「ちょ、ちょっと智代ちゃん!?」

「杏奈さん、私にスイーツを食べさせてください……」


 甘えるようにべったりとくっついて智代は亮に懇願し始めた。


 焦った亮は周りを見ると、唯は顔を真っ赤にして目を手で隠しているわ、麻奈美はとても羨ましそうに見ているし、恵梨香もにっこりと不敵に笑っている。


(まずい事になった……どうしよう……。でもやってあげないと機嫌悪くなりそうだなぁ)


 周りを気にせず甘え続ける智代を止めるべく、机に置いてあった、スイーツを食べさせてあげる事にした亮は、近くに置いてあったバームクーヘンを智代の口へと運ぶ。


「は、はーいあーん」

「あーん……。うーんとてもおいしい~」


 そう言いながら智代はとても喜んだ様子でバームクーヘンを堪能していた。


「ずるい!」

「え……?」

「そうです!! 栗花落さんだけずるいです!!」

「私達にも食べさせて!!」


 2人は我先に食べさせてもらおうと亮のもとへと集まってくる。


「わ、わかったよ……。じゃあ2人ともあーん」

「「あーん」」


 しょうがなく、スイーツを2人に食べさせてあげると、とてもご満悦な顔をしていた。


「杏奈様、ありがとうございます!」

「杏奈、ありがとー」

「ちょ、ちょ、2人とも!?」

 

 気が付けば彩香や麻奈美にもくっつかれてしまっており、両脇に麻奈美と唯、そして足の上には智代というまさに両手に花以上の状態だ。


「杏奈さんモテモテですね~。あら? 恵梨香さんは来ないんですかー?」


 1人ぽつんと、亮から離れて紅茶を飲む、恵梨香に智代は手招きをする。


「いえ、私は大丈夫です……」

「まぁまぁ、恵梨香ちゃん……そう言わずにね?」

「ちょ、ちょっとお2人とも!?」

「ほら、恵梨香さん? 後ろ空いてますよ?」


 そう言って断ろうとするが、やってきた麻奈美や唯に押されて、恵梨香は後ろからくっつこととなった。

 

「杏奈~」

「杏奈様~」

「杏奈さ~ん」


 3人はぎゅっと亮に密着し、恵梨香は後ろから無言でそっとくっつく。


(あ~これ……なんかめっちゃいいかも……)


 至福の時だった。


 とてもいい匂いがしたり、麻奈美や智代に胸を体に当たったりと、だれがどう見てもハーレム状態だ。


「杏奈様? あーん」

「ありがと、あーん」

 

 後ろからは、恵梨香がバームクーヘン差し出して亮の口へと運ぶ。


(幸せだ……)


 幸せなひと時は4人の気が済むまで続いていたのだった。









 全員の気が済んだところで、4人は亮から離れて、元の位置へ戻っていく。

 

(あ~すっごく良かった……。またやってほしいなぁ)


 するとご満悦な亮のスマホの通知音が鳴る。


(誰だろう……?)


 画面を見ると、どうやら杏奈からのようだ。


 何かあったんだろうか?そう思いながらメッセージアプリを開く。


『お兄ちゃん……? これどういうこと……?』


 怒りのスタンプと共に送られてきていたのは、なんと恵梨香以外の3人にくっつかれている写真だった。


 それを見た亮は、完全に血の気が引いてしまい正気に戻っていた。


(い、いつの間に……)


 間違いなく撮った犯人はそこに映っていない恵梨香だろう。


 どうやら調子に乗った罰として、お灸をすえられてしまっていたようだ。



 

 


 

 下校時間になって、4人はサロンルームから出て学校を出ようとしていた。


「本当に杏奈さんのサロンルームに入れていただきありがとうございます」

「私も智代ちゃんが入ってくれて嬉しいよ」

「そう言って、いただけるとうれしいですー。またちょくちょくと食料もってこさせますね」

「助かります」


 智代の手を握って恵梨香は全力で頭を下げる。


 よっぽど食料を持って来てくれるのが嬉しいのだろうか?


 校門前まで行くと、迎えに来たであろうリムジンが1台止まっていた。


(すげぇ……1度は乗ってみたいなぁ……)


 憧れの目で亮が見ていると、それに気が付いたのか智代は笑顔になって腕を掴む。


「えっ……な、何!?」

「良かったら、ご自宅までお送りしましょうか?」

「え!? いいの!?」


 ありがたい提案に、喚起する亮だったがここである事に気が付く。


(いや……? 待てよ……? 今家を知られるのはまずい……)


 今の自分は杏奈に扮しているだけ。


 そんな時に急に家へ来られたら、まずいことになってしまう。


「いや、いいや。私電車通学だから……」

「あら……。そうですかー。では駅までお送りするというのどうですか?」

「そ、それなら……」


 潔くあきらめてくれた智代に、ほっとしながら亮達はリムジンに乗り込むのだった。







 


 リムジンの中では、智代のお世話をするメイドさんたちにジュース等をそそいでもらったちとVIPな対応をされていた。


 やはり男性嫌いとあって、運転士も女性で智代の周りは女性で固められているようだ。


 数十分後一行を乗せたリムジンは駅に到着し、亮と恵梨香と麻奈美はそこで降りる。


「本当にご自宅までお送りしなくてもよいのですか?」


 車の窓から心配そうに、智代と唯が顔を覗かせながらそう聞く。


「ううん。大丈夫だよー。流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないから……」

「そこまで心配はしなくていいのに……。やはりお優しいのですね……。ではまた明日~」

「杏奈様、また明日~」


 智代と唯を乗せたリムジンは駅から発車していき、3人は「ばいばーい」と言いながら手を振る。


「ふぅ……」


 リムジンがいなくなった瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた亮は、近くにあったベンチへ座り込む。


「もし、栗花落さんがくっついている時に、私がその人男だよって言ってたらどうなってたんだろうね?」

「やめてよ……。麻奈美ちゃん……」


 ニヤニヤと笑いながら麻奈美がからかうように言ってきたので、亮は考えたくもないと言うような表情をして体を震わせる。


「ですが、栗花落智代さんはとても良い方でしたね。もし私がいない時でも杏奈様をを変な男から守ってくれるボディガードにもなってくれるでしょうから、入れて良かったかもしれません……」


 と恵梨香は智代を褒め称えたうで「ですが」と付け加えて表情を曇らせた。


「少々、スキンシップが過剰すぎますね……」

「そうだよ!」

 

 そう機嫌を悪くしながら恵梨香が言うと、麻奈美も便乗する。


「あんなにべたべたとくっついて……イチャイチャして……。もっと自重してよね」

「ご、ごめん……」


 2人とも今日の事でかなりのご立腹のようだ。


 それもそうだ。女と男が何の脈絡もなくいちゃつかれてたら怒る。


「もしあれより過剰になったら、男とバラす」

「わ、わかった! 今度から自重するから!」


 半ば脅される形で亮は承諾することになった。


「杏奈にもバラしちゃえば?」

「ふふふ。もう実行済みです」


 不敵に笑いながら杏奈のトーク画面を開いたスマホを麻奈美に見せる。


「これは、次の休みは杏奈のご機嫌取りだねー」

「そ、そうだな……」

「絶対、あのフルーツゼリー買ってこないと許さないって言いだすよ~」

「うう~……。絶対嫌だな……。バカ高いんだよなーあのフルーツゼリー……」

 

 そんな話をしながら3人は帰路に就くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る