第4章「遺跡図書館トート再び」

第17話「魔獣の正体」

薄暗く広大な図書館の、ある一角……。

私とフェンリル、同行を申し出た――神の運営する図書館という事で、かなりハイテンションな――ディートリヒ・ファルク先生は投射装置に映し出された人物を眺めていた。

鳥の仮面を付け、素顔を隠した燕尾服の男性……、この超巨大神器の核であり、司書でもあるトート神を。

彼は私達の前で、一人大きく伸びをして、溜め息を吐いた。


「はあ………、やっと開示情報制限のフリーズが解けたか。もう全身がバキバキで辛いのなんの……。」

「その件に関しては本当に感謝しておるぞ、トート。汝がアルシア達に開示情報制限事項を踏むように話を誘導してくれなければ、手詰まりじゃったからな。」

「気にすることはないぞ、賢狼よ。そうする事が戯神・ロキと炎神・スルトと立てた作戦の1つだったのだから。」

「やはり、汝も共犯じゃったか。」


フェンリルの問いに、トート神は「その通り!」と元気に叫んで謎のポーズをした。

悪い人ではないのだろうけど、何となくフェンリルやフレスさんが苦手とする意味が分かった気がする。

身近にいない、独特のテンションの方だった。

いや、前言撤回。

方向性が違うだけで、一人だけ知っている。

具体的には、私の隣に。


「おお……、おお………!神が運営し、砂漠を移動する遺跡図書館とは……、なんてロマン溢れる場所なんだ!!」

「そうかそうか!分かってくれるか、王都に住む賢人!!これはお帰りになる際、何か手土産を用意せねば神の名折れというもの。君の知りたい情報が詰まった書籍を数冊、特別に進呈しようではないか!」

「なんと!貴方はやはり神か!?」

「そうとも!私は偉大なる知恵の神、トートだとも!!」


多少ズレてる会話をしながら、意気投合して生身の身体と投射映像の身体で抱き合う2人を見て、私は苦笑する。

たしかに、遺跡調査もしている先生からすれば、ここは何にも勝る宝の山と言っても過言ではないのだろう。

暫く熱いハグをしていた2人は、握手を交わして離れたあと、トート神が改めて私達を見て、仮面越しでも分かるほど、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「まずは悪神討伐、おめでとうと言っておこう。神々のやり残しを代わりに片付けた君達を、私は永遠にこの書庫と共に英雄として記憶しよう。」

「いらぬわ、そんな物。そんな事よりも……、」

「分かっているとも。君達が知りたい、魔獣の事を私が知る限り、そして……、私個人の考察も挟んで伝えよう。」


言い終えるや否や、トート神は魔法を使用して、私達の後ろに椅子を人数分用意した。

座ってくれという事だろう。

私達はその厚意に甘えて、用意された椅子に腰を下ろした。


「では、いいかな。まず、このファルゼア大陸各地で出現している存在……、君達が特異魔族と魔獣と呼んでいる存在だが、君達の想像通り、かの名も無き悪神が残した残滓である。」


トート神はそれから、特異魔族と魔獣は必ずセットで現れる事、固体の強さや特徴はそれぞれで違う事など、私達が知っている事をすらすらと語った。

そして、私が目新しい情報は無いかもしれない、と思った時だ。


「魔獣は特異魔族の力の一部を削ぎ落とす形で生まれる。特異魔族と魔獣、彼らがお互いに近くにいるのはそういう理由があるからだ。」


「――――――――!?」


私達は驚いた顔でトート神を見た。

彼は「これは知らなかったろう?」と、意地の悪い笑みを浮かべたあと、続ける。


「加えて、魔獣である彼らは、個体ごとに特別な感情に基づいて動いてもいる様だ。」

「特別な感情、ですか?」


私が聞くと、トート神は頷いた。


「分かりやすく言えば、善に纏わる感情だ。例えば……、誰かの為に、喜び、怒り、悲しみ、笑う。心当たりはあるのではないかな?」

「………言われてみれば。」


ゾルダート・ゴブリンやクライン・コボルト、ムーン・フォックスとシー・キャット。そして、今まで浄化してきた魔獣……。

彼らが見せてくれた心は、たしかに人間に近い物だった。


ゾルダート・ゴブリンは人を護るために命をかけて戦い……、クライン・コボルトは怯えながらも他人への感謝の気持ちを示していた。

ムーン・フォックスやシー・キャットはそれぞれ行動原理は違ってはいたが、元々の気配が1つ。

いわばつがいの様な存在だった。

大事な物を護るために戦うムーン・フォックスと、自身の片割れに恋したシー・キャット。


魔獣の善性に違和感を抱いてはいたけれど、そう説明されれば、腑に落ちる部分があった。

けれど……、


「どうして魔族がいきなり、そんな変化を……。」

「そうじゃな。グレイブヤードの負の念そのものの総数は大幅に消え去ったが、構造は別に何も変わらん。変わったことがあったかと言われれば、それは悪神が消え去った事くらいじゃろう。」

「ふむ……。」


トート神は私達の言葉を聞いて、頷いた後にその考えを口にした。


「これは私個人の考察でしかないのだが、名も無き悪神……。彼は死する前、何かがあって、人を知ろうとしたのではないだろうか?知らなかった、いや……、知ろうとすらしなかった、今を生きる者達の心を。」

「今を生きる人達の………。」


トート神の言葉を聞いて、私はあの戦い……、アルシアさんと共に悪神を倒した時の事を思い出す。


レーヴァテインとグングニルに貫かれながらも、問い掛けられた、最後の言葉を……。


『何故………、そうまでして、我を止める?終わりさえ無ければ、生命は…………、』


死した者達の意志を聞き、それだけを善とした独善的で、それしか知る事が出来なかった憐れな神……。

けれど、最後には私達の意志を知って、彼は満足そうに散っていた。


「特異魔族という殻を破って羽化した、新たな生命。良い方向に捉え過ぎなのかもしれないが、それはもしかしたら、悪神が残した願いなのかもしれないな。」

「………願い。」

「彼から生まれた、君達が浄化している魔獣達。これからそれをどうするかは君達、今を生きる者次第だ。」


トート神は最初に見せたおちゃらけた表情を隠し、その仮面の奥から覗く金色の瞳を、どこまでも真剣な物にして告げた。

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