第11話「5の聖者を鷲は見つめる・後編」
クライン・コボルトが手を振りながら去っていくのを見送った後、私達は地面に腰を下ろして女性……、セシリア=フェムさんが釣った魚を焚き火で焼いていただく事になった。
こういう風に串に刺した焼き魚は食べる機会が無かったのだけど、実際に食べてみるとすごく美味しい。
「それじゃあセシリアさんは、旅行でこちらに来ていたんですね。」
「はい。こちらに来る事はあまり無いので、休暇はこちらで目一杯楽しむつもりです。」
私が焼き魚から口を離しながら聞くと、セシリアさんは楽しそうに笑って教えてくれた。
改めて、私はセシリアさんを見る。
見た目は穏やかなお姉さんという感じなのに、どこか幼げなところのある人だ。
フェンリルや大人の方のニーザちゃんとも違う。
私がセシリアさんを見ていると、珍しくあまり会話に入ってこなかったフェンリルが口を開いた。
「汝以外に来ているのか?」
「いいえ。イライジャとお母様から「旅行に行くなら、新しい生命の様子をついででもいいから見てきて欲しい。」とお願いされただけで、本当に私だけですよ。」
「そうか……。」
セシリアさんが手元の魚に齧りついたあと、舌をペロッと見せて続ける。
「他所様が土足で入ってきて、でかい顔であーしろ、こーしろ言う事は無いので大丈夫ですよ。そういうの、ウザったくて嫌でしょう?」
「そんな言葉遣いをすると、それこそ怒られるのではないか?」
フェンリルが意地の悪い笑顔で言うと、セシリアさんはハッ、とした顔になって慌て出す。
「あ、今のもノーカンで!アシュリーちゃんどころか、お母様にも怒られちゃいますから!秘密で!いいですね!!」
あまりにも必死なセシリアさんを見て、私とフェンリルは顔を見合わせて笑うのだった。
◆◆◆
「さて、と。それじゃあ、私は行きますね?」
「はい!今日はありがとうございました、セシリアさん。」
そう返すと、彼女は穏やかに微笑みながら立ち上がり、唐突に不思議な事を口にした。
「私の篭手も、貴女に使われて嬉しいみたいです。これからも、大事に使ってくださいね?」
「え?それって、どういう――――、」
しかし、セシリアさんはいたずらっぽく微笑むだけで、何も言わない。
彼女は荷物を持って、背を向けて歩き出す。
一度だけ振り返り笑顔で手を振ったあと、森の出口へ向けて、ただ真っ直ぐと。
その遠くなっていく背中を見つめながら、私はフェンリルに気になっていた事を聞く。
「ねえ、フェンリル。知り合いなの?」
フェンリルは一度、渋い顔をして悩み、暫くしてから答えてくれた。
「あやつ、セシリア=フェムはここでは無く、別の大陸……、6の世界に住む聖者。そして、フレスの剣の師じゃ。」
「6の、世界………。」
私は1年前、フレスさんが葬送の嘴を発動させた時に、その単語を言っていたことを思い出した。
「フレスも昔は、今のように強くはなかった。あやつの権能は妾達と違って人間の剣術などの方が効果を発揮しやすい。だから、それを使いこなす為に剣術の修行を始めたのじゃが、そんな時にセシリアが現れ、フレスに剣術を教えた。」
「だからか……。」と、一人納得する。
セシリアさんが使った剣技から、フレスさんの技と同じ気配を感じ取れたのは。
フェンリルは私の様子を見て、手につけた篭手を見ながら続ける。
「アリスの着けてるその篭手も、あやつがこの地に託した力の一部じゃ。つまり……、アリス?」
「…………………。」
私はフェンリルの説明を聞いて、思考が停止した。
つまり、先程の人は凄い人どころではない。とんでもなく凄い人だ。というか、もしかしたら人でもないのかもしれない。
フェンリルが私の固まった顔を見て笑い、頭にぽん、と手を置いて、そのまま撫でられる。
「その話は、また今度じゃな。」
「……フェンリル。セシリアさんの事はフレスさんには伝えなくていいの?」
「伝えなくても大丈夫じゃろう、ほれ。」
フェンリルが空を指差すと、そこには鷲が飛んでいた。
◆◆◆
セシリアが森の出口から出て最初に目にしたのは、岩の上に立ち、こちらをじっと見つめる鷲だった。
言うまでもなく、彼の使い魔だろう。
鷲の近くまで歩くが、鷲はそこに佇んだまま、こちらを見つめるだけで動こうとしない。
「崩壊したグレイブヤードが落ち着いた頃に、また遊びに来ます。その時には、軽く手合わせしましょうね?」
鷲は頷く様に首を動かしながら、軽く鳴いた。
セシリアはそれを見てにっこりと微笑んだ後、また歩き出し、鷲は最後に一度、甲高い声を響かせたあと、その大きな翼を広げて空へと羽ばたいていった。
―――――――――――――――――――――
第2章「5の聖者を鷲は見つめる」・完
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「災い起こしのアルシア」本編もよろしければ、どうかm(_ _)m
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