五十 恵比須のお母上



 元日ともなれば、いろんな縁起物を売り買いする人々が、夜更けのうちから街にぞろぞろ現れる。

 特に恵比須えびす神を描いたお札……すなわち『わか恵比須えびす』を求めることは、古く聖徳太子の時代から続く伝統なのだという。


 売り子はお札を持って「わか恵比須えびすわか恵比須えびす~」と客を呼び、客はそれを買って喜ぶのだ。


 さて、ここにも一人、わか恵比須えびすの版木刷りを仕事にしている札売りがいる。

 年が明けたばかりの深夜、札売りは色々な神々の絵札を持ち、売りに出かけた。


 ところが、師走しわすの忙しさのあまり、札売りはとんでもない間違いをしでかした。

 恵比須えびすを持ってくるつもりが、うっかり三途さんずの川のうばの札を持ってきてしまったのである。


 三途さんずの川のうばは、別名を奪衣婆だつえばともいう。冥界を訪れた亡者の衣服をはぎとってその重さで罪の大きさを確かめる、裁判官のような役目を持った鬼だ。

 その版画が他の神々同様に祭りで売られることはあったらしいが、もちろん、めでたい元日にふさわしい札とは言いがたい。


 しかしなにしろ夜中のことだ。暗くてよく見えず、売る方も買う方も札を間違えていることに気づかない。


 明け方になって、やっと一人の客が間違いに気づいた。

「あれっ? こりゃまた変なババアだなァ」

 指摘され、手元をよく見てみれば、なんとうばの札ではないか。


 しまった、まちがえた、どうしよう。

 札売りは冷や汗たらして焦る。

 ここで間違いを認めてしまえば、商機を逃すうえに返金騒ぎにもなりかねない。そんなことになったら大損だ。


 札売りは平気な顔を装い、やけくそ気味に声をはりあげた。

「これは恵比須えびすのお母上である。恵比須えびすよりもっとめでたいんだよ!」


 すると客は大笑い。

「もっともだ、もっともだ! わか恵比須えびす殿だって、お母上がいなけりゃ生まれてくるわけがない。こいつは福のみなもとだ!」

 と喜んで、うばのお札を頂いていったのだそうだ。




 これにていわいはみなすん

 おしまい、おしまい。めでたし、めでたし!

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