四十九 五百八十の胡桃



 若狭わかさ太守の武田殿は信仰心の厚いお方で、特に縁故があるわけでもない出家僧を保護して寺を建ててやり、実に憐み深く扱っていた。


 しかし、その家中の諸事を任されている代官は、とても正直者とは言えないやからだった。

 何か贈り物が届くたび、たいていは半分、場合によっては三分の一ほどしか武田殿に送らず、残りを着服してしまっていたのだ。


 あの出家僧も、代官の不正をよく知っていた。しかし、うかつに武田殿へ告げ口することもできずにいた。


 ある年のこと。「くれ正月しょうがつの菓子用に胡桃くるみを千送れ」と、武田殿から通達がきた。

 例によって、代官は調達した胡桃くるみのうち五百八十しか武田殿へ送らなかった。


 これを見た出家僧は、

「もういかん。このままにしてはおけない」

 と考え、一首の狂歌を武田殿へ送った。



 くださるる 胡桃くるみの数も 君が代も

 めでたかりけり 五百八十



 『五百八十年七回り』という言葉がある。五百八十年と七回り(六十年を七回)を合わせるとちょうど千年になるため、五百八十はたいへんめでたい数字である、という意味だ。

 だが、いかにめでたい数字とはいえ、千送れと命じたものを五百八十しか送ってこないのはおかしい。

 それをわざわざ歌にして知らせた出家僧の意図はどこにあるのか?


「何かあるな」

 と察した武田殿は、取り調べを開始した。

 代官を呼び出し、詳しく問いただしたところ、これまでの不正の数々が明らかになったのだった。


 しかし……

 出家僧がこんな遠回しな方法で不正の存在を伝えてきたのは、直接告発すれば不幸の種になると考えたからだろう。彼はこの代官にさえ慈悲の心を抱いているに違いない。


 そこで武田殿は、このような判断を下した。


「貴様の不正はもはや疑う余地もないことだが、めでたい祝儀の歌をんだ僧の心に感じ入ったから、今回だけは罪をゆるす。よいな。今回だけじゃぞ!」


 こうしてこの一件は、血を見ることなく無事に落着したのであった。

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