四十八 扇子にほん



 京の高名な医者で、曲直瀬まなせ道三どうさんという人がいた。


 弟子の二代目道三どうさんと区別して古道三こどうさんとも呼ばれるこの人は、当時最新の漢方医学を学び極め、時の将軍足利義輝よしてる京兆家けいちょうけ当主細川春元、さらには正親町おおぎまち天皇など、数多くの貴人を治療した。

 その手腕は『医聖』と讃えられるほど見事なものであったという。


 さて、この古道三こどうさんが、織田信長公を診察したときのことだ。

 初めて信長公へご挨拶するにあたり、古道三こどうさん進物しんもつとして扇子二本にほんを持っていった。


 天下の織田信長へ進上するのが、扇子たったの二本にほんきり。

 信長公の前にいた人々は皆「いや、これは少なすぎる」と言わんばかりの気配を見せた。


 しかし、古道三こどうさんはこう言った。

奏者そうしゃ取次とりつぎ役)に言上ごんじょうあれ。

 これは、信長公がめでたく日本にほんを手の内に握りたまいますように、との願掛けでございます」

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