四十七 唐韻



 東堂(住職)のところへ男が来て、こんなことを尋ねた。

「茶の湯のことを茶道ちゃどうと言う者がいます。また茶道さどうと言う者もいます。どちらが本当なのでしょうか?」


 東堂は答えた。

「どちらも悪くはないよ。しかし茶道さどうは唐韻(唐音)だから、ちと格好つけた言い方になるのう」


 男は納得した様子で去っていった。


 一両月すぎたころ。その男が、今度は惣領息子の松千代まつちよを連れてきた。

 息子の歳は十六か十七。いよいよ元服しようかという年齢である。

「東堂様、この松千代まつちよに、なにとぞ男名おとこな(元服名)をつけてくださいまし」


 そこで東堂は、『左近さこんの太郎』と名付けてやった。


 男は深くうなずいて感じ入ったが、その後でこんなことを言いだした。

「『さ』は唐韻でござるな。いやいや、私ごときの者のせがれに唐韻は不釣り合いでございます。単に『ちゃこんの太郎』とお付けください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る