丗一 ~ 四十

丗一 間男は猫



 あるところに、夫婦者が住んでいた。

 一見して仲のよい幸せな夫婦のようだが、そこにひとつ、怪しい影が差している。

 亭主が留守にするたびに必ず通ってくる男……そう、間男まおとこである。


 この家の妻は、前々から間男まおとこを引っ張り込んで浮気していたのだ。

 自宅で密会するとは大胆不敵。いつ何のきっかけで亭主にバレてしまうか分からない。

 そこで、いざという時のために、妻は間男まおとこにこう入れ知恵していた。


「ね、あなた、うちに来るときは屋根裏から忍び込んで来てよ。梯子はしごをかけておくからさ。

 もし亭主が家にいたら、私は『猫が屋根を歩いてるみたいね』って言うから、あなたは猫の鳴きマネをしてごまかしてね」


 さて、ある日。

 妻が心配したとおり、亭主が家にいるときに、まちがって間男まおとこが来てしまった。


 いつものように間男まおとこが屋根裏に入ると、ギシギシと重たい物音が家に響いた。

 亭主は天井を見あげて眉をひそめる。

「なんだあ? 誰かが屋根を歩いてるんじゃないか?」


 妻は打ち合わせ通りにごまかそうとする。

「最近このへんに大きな猫が住み着いたみたいだから、そいつじゃない?」


 と、ここで予定外の事態がおきた。

 間男まおとこが肝をつぶし、屋根裏でガタガタと震えだしたのだ。

 こんなこともあろうかと備えをしていたはずなのに、いざとなると、なかなか思ったようには動けないものである。


 慌て、ふためき、動揺し、間男まおとこの頭は真っ白になってしまった。猫の鳴きマネをすればいいだけなのに、「にゃあ」の一言が出てこない。

(猫の鳴き声? 猫ってなんて鳴くんだっけ? 猫、猫、猫……)

 それでついうっかり口から出た鳴き声は、


「ねこ〜」

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