十九 あまがさき



 師走しわすの十日ごろ、京都一条の辻に、大酒に酔ってひたすら寝続けている者がいた。


 またその日、鳥羽とばから用事を済ませに京都へ上ってきた男もいた。こいつもちょっと酔っている。


 鳥羽とばの男が、寝ている男を見つけた。

「おやおや、こんなところで寝て。

 おい、大丈夫かい? お前さんの住まいはどこだ」


 酔っぱらいは、呂律ろれつも回らぬ聞き取りづらい声で、

「……あまがさき」

 と答える。


「尼崎ィ? ずいぶん遠くから来たもんだね……このままじゃかわいそうだ」

 と、男は酔っぱらいを車に乗せ、鳥羽とばまで連れて行った。


 鳥羽とばといっても志摩国しまのくにではなく、京都洛外らくがい鳥羽とば荘である。

 鴨川を経て淀川に繋がるこの地は、京都・大坂おおさか間水上交通の要衝として昔から栄えていた。


 男は、鳥羽とばの港で尼崎行きの船便を探し、寝ている酔っぱらいをその船に乗せてやったのだった。


 船は無事、尼崎の港についた。

 まだ眠っている酔っぱらいは、船から運び出されて宿屋に寝かされた。


 しばらくして、酔いがさめ、目を覚まして、男はあたりを見回した。

「なんだこれは? ここはどこだ?」


 宿の人が言う。

「ここは尼崎ですよ」

「尼崎? 摂津せっつの!? どうして私はこんなところで寝ていたんだ?」


 宿の人が、昨夜からの事情を語って聞かせた。

 すると男は呆然自失。

「私は、京の六条で尼崎屋という店を営んでる者なんだが……」


 などと言っても後の祭り。

 尼崎屋は、船賃と宿代を支払うために着ていた胴服どうぶく(羽織)まで売り払い、恥ずかしい格好で家まで帰るはめになったとさ。

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