十八 隠し題



 和歌の世界に、隠し題という技法がある。

 物の名前を、その物自体は登場させることなく歌の中にみ込むのである。


 この隠し題という技にみかどがたいへん興味を抱かれ、雅楽器『篳篥ひちりき』を題として人々に歌をませたことがある。

 しかし、その時はみな出来の悪い歌しか作れなかったのだそうだ。


 それからしばらくした、ある夜明けのこと。

 木こりの少年が、山へ登りながらこう言った。

「最近、みかどが『篳篥ひちりき』の題でませたが、みんなロクな歌が作れなかったそうだ。

 俺だったら上手くめるぞ」


 一緒に歩いていた子供が呆れかえる。

「バカバカしい。そんなこと言うなよ、身分にも似合わないことをさあ。憎たらしいなあ」


 しかし少年は、

「身分がなきゃ歌がめないなんて決めつけるなよ!」

 と、高らかにみあげた。




 めぐりくる春々はるばるごとにくら花

 幾度いくたび 人に問はばや


 めぐりくる春のたびに咲く桜の花は

 一体何度散ったのだろう、人に尋ねてみたい




 なんと優美な歌であろう。そのうえ、ちゃんと『散りき』の部分に隠し題の『ひちりき』がみこまれている。

 少年の言葉は、決して大言壮語ではなかったようだ。

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