十七 身投げ



 京に住んでいた一人の男が、ある若衆と恋に落ちた。


 しかし若衆は、ゆえあって東国に下ることになってしまった。

 恋人と引き離されるのはつらいものだ。男は別れを惜しみ、悲しみの涙とともに大津まで若衆を送ると、また泣く泣く汁谷越しるたにごえ渋谷しぶたに街道)を上って京へ戻ってきた。


 その道の途中、清水寺の南に、若松が池という池がある。

 男は、池のほとりに立って水面を見つめ、もの思いにふけった。


「命があるから、こんなつらい目にも遭うのだ。身を投げて死のう。それが一番いい……」


 男は着物の帯をほどいた。

 池に入った。

 首まで水の中に浸かった。


 が。

 そこでいきなり考えが変わり、急いで陸に戻って、一首。




 君ゆへに身を投げんとは思へども

 そこなる石に額危なし


 君のために身投げしようとは思ったが

 水底の石に頭ぶつけたら危ない

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