十四 後家出家



 京都所司代しょしだいの板倉伊賀守いがのかみは、御年おんとし七旬(70歳)を超えたので功名なしとげて引退し、嫡子ちゃくし(板倉重宗しげむね)が後を継いで天下の所司代しょしだいとなった。


 このころ、上京かみぎょうのとある家主が死に、二十歳はたち過ぎの息子を残した。

 しかし、その母は継母ままははであり、

惣領そうりょう息子に家を渡す気はない。私に跡を継げというのが夫の遺言だ」

 と主張しはじめた。


 もちろん惣領そうりょう息子も、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。

「目の前にいる息子の俺をさしおいて、他に誰が家を継ぐというんだ!」

 と怒り、所司代しょしだいへ双方ともに訴え出たのだった。


 所司代しょしだいの前で、二人はお互いの思うところを言うことになった。

 妻の方の口上はこうだ。

所司代しょしだい様、『後家ごけ』と書いて何と読みますか?」


 所司代しょしだいが答える。

のちいえと読むなあ」


「ならば、後家ごけである私がのちいえを継ぐ以外にありますまい」


 これを聞いた所司代しょしだいは、にっこりと微笑んだ。

「では、今日はひとまず帰りなさい。さらによく取り調べして、後日判決を出そう」


 宿に戻った妻は、

「裁判に勝った! では、あまになろう」

 と親類たちに自慢顔で言った。当時、夫と死別した女性が二度と結婚しないという意思表示のためにあまになるのは、よくあることであった。


 さて、後日。

 再び裁判を行うというので、妻は判決の場に出向いた。

 そこで所司代しょしだいが、妻の頭に目を向けた。

「そちは髪を剃ったのか」


「再び夫を持って浮世の望みを抱いてはならない、と思いさだめ、出家した姿になってまいりました」


 それを聞いて所司代しょしだいが言った。

「ならば、『出家』とは家を出ると書く。すぐに家を出るがよい」

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