第54話 竜神


――――竜皇族の儀式。

それは竜皇族が5歳の時に行われる竜神への挨拶だ。

通常はひとりだけ、しかし今回は前代未聞のふたり。

本来はここで竜神に認められることで竜皇の後継者になるわけだが……。


今回はどうなることやら。しかしながら後継者の決定と捉えるのは人類であり、本来の意義はリューイが言った通り、竜神への挨拶だ。


例えるのならば年始の神への挨拶……東国風に言うと初詣。

本来は年始に行うものを、今回は無事に5歳になったと挨拶に行く……と言う認識である。


こうして神やユグドラシルの意思とは別に人類が解釈し、変えていったものはたくさんある。

それが良いこともあり、不条理なこともある。


例えばこの挨拶を済ませたリューイを、リューイの瞳が黒いからとユリーカを追い詰め、リューイが本当に後継者なのかと疑うなどといったこと。


この儀式に認められて後継者……皇太子になると認識するくせに、そのルールに則って認められたリューイを瞳が黒いからと認めない。今まで信じてきたものを、あっさりとそう改変したのも、人類である。


だからこそ、ユリーカもリューイも、リュージュさまも苦しんだ。

リューイが竜皇と認められたのは、リュージュさまから竜皇を引き継いだ時だ。

その時になってやっと、リューイは竜皇として、竜皇族として認められたのだ。


子どもたちにはそんな悲しい思いはさせたくないものだな……。


緊張しながら俺とリューイの間を歩くロロナとセシナ。

この子たちは俺が……いや、俺たちが守らないとな。同じ思いなのであろう、リューイが俺の方を見て優しく微笑む。

俺は頷きを返し、子どもたちと祭壇に上がる。リューイが言うには、ここに立つと竜神の声が聞こえる……と言うが。どうだか。竜神の直系の子孫ではない俺には聞こえないかもしれないが、何を言われたとしても、リューイが子どもたちを守ってくれるから、大丈夫。


そして、声が降ってくるのを待ち、リューイたちと共に、瞼を閉じる。


――――どこかから聴こえてきたのは、竜神の声ではない気がする。生まれた頃から聞き慣れたものだ。


「ユグドラシル、どうしてここに……?」

神殿の中にいたはずなのに、そこは木漏れ日の美しい森の中である。

そして俺の手を握るのは、森の色の少女……ユグドラシルだ。


「行こう」

ユグドラシルが俺の手を引く。彼女が招くのならば、俺も行こう。

そうやってずっと、側にいてくれた彼女だから。


彼女が導く先、森の木々のアーチを抜ければ、そこには愛しい番の姿がある。


「……クロム!あなたも無事だったのですね……!それに……ユグドラシル」

リューイが驚いたように俺の隣のユグドラシルを見る。


「全くお前は……エルフは森と共に生きるって言うだろ?」

混ざりものではあるが、ユグドラシルや精霊たちは俺を混ざりものとは呼ばないし、見なさない。その血に森の精霊の血が流れているか否かで判断する。俺を混ざりものとするのは、彼ら彼女らじゃない。……ひとだ。


「例えそこが森ではなくとも、どこかには必ず森の恵みが生きている。だからこそ、いつだって森や、森の精霊たちと生きている。俺の結界の力も元々はユグドラシルから授かったもの。その力が俺の中に流れているなら、俺は常にユグドラシルといることになるだろう……?無論、本体ではなく分身だが」

そう告げれば、ユグドラシルの分身が嬉しそうに頷く。


「ずっとユグドラシルがクロムを守っていたのですね」

「そうだな」

俺はその結界の力にずっと守られていたのだから。そして、太古の森のヌシにも……。


「しかし……その、ここは?」

「リューイも初めてなのか」


「えぇ。それに子どもたちは……」

「子どもたちは神殿で待ってる。でも大丈夫。あそこにも竜神の子がいるから」


「……父上ですか」

ユグドラシルの言葉にリューイがホッとする。

確かにリュージュさまもだが……いや、これ以上勝手にリューイに言うと、兄弟子に怒られてしまうな。俺の考えを読んだのか、ユグドラシルもクスクスと苦笑する。


「しかしここはどこなのでしょう」

「会いたいって、言ってる」

ユグドラシルがそう言った瞬間、俺たちが『誰が』と問う前に、ユグドラシルが向いた視線の先にまばゆい光が現れ、それは次第に伝説上の竜の姿を形作る。


あれが……竜。いや、神か。


「すべての起源は人間で、竜神である私が人間との子をなしてしまったことがすべての始まりだ」

その穏やかな声は、女性なのか男性なのかは分からない。不思議な音階の声で、俺たちが普段使う言葉と同じなのか、違うのか分からない。しかし俺たちの身体に脈々と受け継がれている血が、その言葉を理解させる。


「竜神の子は、子々孫々竜皇として、神の子孫として世界を治めたが、その絶大な力との差を埋めるために、他にも種族を創った」

獣の遺伝子を混ぜた獣人や、精霊の遺伝子を混ぜたエルフ。それから竜神ではない、神になれなかった竜たちの血を継ぐ子ら……。


「しかしそれらが混ざり合う時、神が創ったもの以外に変化したことが、この世界の住民に気味悪がられた」

獣人は獣人と子孫を残し、エルフはエルフと子孫を残していった。そんな中、他種族同士が混ざりあった存在。彼らが意図しなかった存在が生まれたことを、怖れたものもいよう。しかしそれなら、謎が残る。


「竜皇が人間を伴侶に迎えるのは、ひとの心を失わないためだ。しかし、世界を統べるための竜皇への違和感を覚えさせてはならない。世界の秩序のために竜皇だけは特別で、まざりものではなく完璧な竜とした。そして私がそう世界に遺伝子として組み込んだことで、竜皇だけは特別な存在となった」

それが……竜皇が混ざりものであるのに、特別であり続けた理由か。しかしそれは矛盾している。

ひとの心を失わず、竜とならないために人間を伴侶に迎えるのに、完璧な竜としたことだ。


「しかしそれが、世界で混ざりものたちが苦しむ結果となってしまった。私はそれも生きていくための定め、試練だとしした」

何が試練だ。竜神は自分が最も求めている愛し子の苦しみさえ知らずに。

ユグドラシルはそれが分かっている。ユグドラシルが授けた生命を蔑ろにしたものたちはみな、黄泉の森に引きずり込まれて行った。

ユグドラシルもそれを止めることはない。

ただ特別であるのは、ここでも竜神のみ。しかしユグドラシルや黄泉の森のヌシが反旗を翻さないのは、ユグドラシルが俺をここに招いた理由だろう。


「……そして竜皇だけは特別視するよう刷り込んだ遺伝子は誤作動を起こし、竜皇は人間の遺伝子を目に宿し、その誤作動を起こした遺伝子は、混ざりものとされた森の愛し子を番として選んだ。そして竜皇が矢面に立ち、自身を混ざりものと、混ざりものを見下す世界を糺そうとしていることに、自分が行ったことが正しいことであったかどうか迷う。自らの子孫を世界が愛するために、自らが産み出した世界の住民を苦しめたことを謝罪する」

竜神からの……神からの、謝罪。そんなことで救われる魂などない。神が仕組んだ犠牲になったものたちに、真に魂の救済を与えたのは、ユグドラシルたちだ。

――――お前は、ただ謝罪するだけなのか。


「いいや、違う」

竜神は俺の心の声に答える。神霊のたぐいには別に珍しいことではない。

俺にとってはな……。


「せめてもの詫びがしたい。私がねじ曲げてしまった世界の摂理のために、望みはないか。私は世界を糺そうとするお前たちに、答えを問いたい」

神がもう一度、遺伝子を操作すれば元に戻るかもしれない。いや……更なる誤作動を起こすか。例えば混ざりものたちによる、純血種に対する謀反。それもまた、純血種たちも元々は混ざりものであることを忘れ……。


「そうだ。もう神の力で、無理に世界の住民たちをねじ曲げることはない。ゆっくりではあるが、じきに誤った刷り込みは消えゆくだろう……」

その末に起きた悲劇だ。竜神も反省してる……いや、もしかしてユグドラシルに説教でもされたのか……?

傍らのユグドラシルを見下ろせば、ユグドラシルがにこりと笑う。真相は闇の中……いや、森の中だろうが。しかしながら、ユグドラシルは少女の姿とは言え割りと姉さん気質が……。


「クロムも」

ユグドラシルが不意にぷくーっと頬を膨らませる。それを言うなら母さんもだが。


当然だろう?何せ俺も母さんも、世界樹の森で、ユグドラシルに守られて育てられたのだから。


ユグドラシルは笑顔で頷くと、竜神に答えてあげてとユグドラシルに促される。

ユグドラシルの頼みだから……特別だ。これも親孝行のようなものだ。


「リューイは……」

「クロムの望みが、私の望みです」

お前は……全く。でも、番だからか、何となく分かるのだ。


「なら……まずは」

俺たちじゃぁ決してできないことを。

しかし竜神ならばできるだろう。何たってその仕組みを作ったのは竜神だ。


「寿命の違う種族、混ざりものとそうでないものが番うなら、その寿命を長い方に合わせるか、合わせないかを、合わせる方が選べるようにしてくれ。竜皇妃だけが特別だなんて、そんなのは竜皇だけを特別視したことと一緒だ」


「……分かった」

竜神はそれを呑でくれた。


「ならば、世界の神殿へ神託を授けよう」

世界は変革の時を迎えるんだな……。


「……それから……」

竜神がゆっくりと口を開く。


「双子の竜の子らが、どちらが竜皇を継ぐか、それはそなたらが選んでくれぬか。ひとはこの儀にて、それを知りたがるであろう」

「そうか……ありがとう。双子のことは……」

俺がリューイを見ると、リューイが頷く。


「ふたりの適正を見極め……それから、ふたりの意思も尊重し、私たちが後継を決めましょう」

それまではふたりとも後継者候補として育つことになろう。そしてどちらが選ばれたとしても、ふたりには番と共に、家族を得て、幸せに生きて欲しいと願う。


そしてリューイの言葉に、竜神が頷いた瞬間、俺たちの前には神殿の祭壇がある。


「終わったか」

後ろからアルダの声がすれば、子どもたちが儀式から解放されたとパタパタとアルダに飛び付いた。双子は竜神からどんな言葉を聞いただろうか。


「りゅうじんの声!」

「セシナたちにね、たくさんたべて、ねて、あそんで、おおきくなりなさいって!」

そうか……竜神も割りと庶民的なことを言うのな。いや……思えばユグドラシルや母さんもよく言っていたか……?やはりそこも、受け売りだろうか。それでも双子の健やかな成長を願ってくれるのは嬉しい。


「なに、ほんの数秒のことだ。気にしなくていい」

俺たちがどこに行っていたかを理解しているらしいこの兄弟子は、すかさずフォローを入れてくれる。リューイだけは、どうして知っているのだろうと首を傾げているが。そろそろリューイにも種明かしをしてやってもいいのではと思う。


掌から消えたユグドラシルの掌の感触は、今は俺の周りを纏う森の息吹となり、クスクスと微笑んでいる。

儀式が終わり、リファや侍女たちと控え室に向かう双子を追いかけつつ、ふと、リューイが俺の手首を掴む。


「リューイ?」

「あの……っ、クロムは……クロムは私と同じ寿命を、選んでくださいますか?」

あの神託のことを言っているのか。竜神から告げられれば、やがて世界をざわつかせるであろう、神託。


「バカだなぁ、リューイ。そう、約束しただろ?俺は……お前と一緒に生きていく」

「はい、クロム……!」

リューイは嬉しそうにはにかみ、俺に腕を絡めて嬉しそうに隣を歩む。

全くお前はいつまで経っても……しかしそれを見た双子がかわいらしく真似してくれたから……特別だぞ……?



【完】

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竜と踊り子~出ていったはずの弟子が、ある日番だと迎えにきたんだが~ 瓊紗 @nisha_nyan_

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