竜神の章

第53話 竜の儀式


――――それは双子が5歳になったある日のことである。


「ぱぱー、きょうはどこいくの?」

「今日は竜皇族にとって特別な日なんだ」

ノリノリな侍女たちに、いつもと着なれない服を着付けられながら、ロロナがリューイを見上げ、リューイが優しく答えてあげている。


……本来、竜皇の父は父上と呼ぶべきか。しかしその場合、俺が母上と呼ばれなくてはならない。公務が始まれば、竜皇族としてはそれが正しいのだろうが……。しかし、普段から母上と呼ばれるのは、庶民育ちな俺としてはだいぶむず痒い。東国出身の花嫁はそれを受け入れて来たのだろうが……。そもそもユリーカと俺との間の呼び方だって、義母子の呼び方とは異なっている。


だから、これから皇族教育が始まるまでは、ロロナとセシナが呼びたい名を呼ばせている。

教育が始まれば、公の場では母上になるのだが、それはそれで、分別つけなきゃならないからな。


そしてロロナとセシナが俺を『まま』と呼ぶもので、俺だけずるいとリューイもそれに乗り、リューイの場合は『ぱぱ』と呼ばれることになったのだ。


「今日はね、ロロナとセシナが竜皇族として、竜神さまに挨拶する日なんだよ」


「りゅーじんさま」

「どんなひと?」

ロロナと一緒に着付けられているセシナが首を傾げる。

ふたりは娘と受け男児。なので今までの攻め男児の儀式用衣装とは異なる。

より軽い素材を俺が監修のもと、錬金術師たちが錬成を頑張り、そしてお針子たちが女の子や受け男児に似合うよう、かわいらしく刺繍してくれた衣装。そのため、通常とは違うデザインの衣装に、リファや侍女たちも張り切っているわけである。……いや、むしろ素材は攻め男児の時にも軽くしていいはずだ。軽くて丈夫にできているから、防御面でも優秀である。相手は幼児なのだから、配慮は必要だよな。


「竜神さまは神さまだ。だが……ぱぱも直接見たことはない。声を聞けば、竜神さまだと分かるよ」

リューイもそうして、本能で悟ったのだろう。しかし子どもたちはいまいちピンと来ていない様子。


「ふふ……私も幼い頃はそうだったのでしょうね」

「ふむ……今度ユリーカに聞いといてやろう」

ユリーカも昔は辛いことはあったものの、リューイのかわいい子ども時代のことは、とても嬉しそうに話すのだ。そして自分が見てあげられなかった、リューイの隠れ家時代の話もよく聞きたがる。それらは俺がユリーカとふたりでお茶する時の話題のひとつでもあるのだが。


「そ……それは何だか恥ずかしいです……!でも一緒に聞いたらそれはそれで……」

どちらにせよ、何だかむず痒いらしい。


「なら、今度はリュージュさまも混ぜるか?」

「さらにこっ恥ずかしいじゃないですか……っ」


「ぱぱ、またままにまけ?」

「かかあでんかっていうんだって」

「せしな、ちがうよ、ぱぱはへいかだよ」

誰だ、双子にかかあ天下だなんて言葉を教えたのは……!しっかし……かかあ天下ではなく、かかあ陛下……。


「あっはははははっ!かかあ陛下……っ、ぷっ」

「ちょ……っ、クロム!?笑わないでくださいよ!」

「いいじゃん、いいじゃん、かかあ陛下。あ、でもこれじゃぁ陛下が母ちゃんみたいか……?」


「かーちゃん」

セシナが呟く。


「うん?かーちゃんって呼びたいのか?公の場以外でなら構わない」

俺も外で母さんを母ちゃんって呼ぶことはあるしな。

「まま!」

「おや」

ままの呼び方はやはりままがいいのか。


「うぐ……気のせいかもしれませんが、セシナはクロム似の姉さん女房になりそうです」

「いや、セシナは姉さん女房だろう」

何せ番のタシャの方が年は下だ。


「クロムさま似と言うところがポイントかと」

侍女のひとりが微笑む。

「第2世代版に向けて、ネタを書き留めておきませんと」

「日誌は重要ですわよ!」

そしてそれに続く侍女たち。いや……その、お前らは日誌を何に使ってんの……?

まぁ、新巻はリファや弟子たちも楽しみにしているから、いいけど。

どうやら将来は、第2世代がモデルのラブロマンスが出回るようだ。


「ぼくも姉さん女房は憧れだったのですが……」

リファがぽつりと呟く。あぁ……リファのところは、ラシャの方が年上だからなぁ。


「リファさんは弟です!」

「ここは譲れませんわ!」

それは……俺も侍女たちに賛成だが。


「にーに!」

ロロナが告げれば。


「リファさんは、ロロナ姫とセシナ皇子だけのお兄さまですよ」

「ろろなとせしなだけの……!」

リファをにーにとして双子で独占できる事実に気が付いたロロナとセシナが目を輝かせる。侍女たちも口がうまいなぁ。


「ぼくもふたりにとっては、お兄さま……!」

そしてリファも嬉しそうである。


少しだけ不安だった儀式も、みんなの笑顔で、何だか緊張が解れてきた。


「大丈夫ですよ、クロム」

「……リューイ」

俺の心を感じ取っていたのか、リューイが優しく抱き寄せてくる。


「竜神は、母上の色を受け継いだ私を祝福してくださいました。そして、ユグドラシルの言葉を聞き、私はやっと、竜神のあの言葉が真意なのだと悟りました」

リューイもまた、その瞳の色と、幼い頃に受けた混ざりものへの差別から、始祖である竜神の言葉を信じられずにいた。でも……だからこそユグドラシルは俺とリューイに教えてくれたのかもしれない。そして俺もあの世界樹の森で育てられたから。ユグドラシルに守られ育てられたから分かるのだ。


「大丈夫ですよ。儀式は無事に済みます。竜神もきっと、私たちの子らの誕生を喜んでくれる」

「……そうだな」

世界樹が授ける生命は、みな対等であると説く、ユグドラシルの守る世界の神だもの。

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