竜の双子の章

第48話 竜人の産卵事情


――――その日、俺は猛烈な腹痛に襲われた。それも一日中。唸っていれば、リューイが医者を呼んでくれたのか、夫夫の寝所には大勢のひとびとが集まり、何かのリズムで呼吸させられ……やっとこさ腹痛と肛門の痛みから解放されれば……。


「……卵」

そう、卵である。

不意に全身の痛みが抜けてホッとしたのも束の間、ベッドの横には小さな揺りかごが置かれ、そこに卵が置かれている。


――――いや、何だこれ。そう言えば俺、尻から何かを出した気がするのだ。痛みから解放されたくて、とにかく解放されたくて、夢中で周囲の言うとおりに呼吸していたから……今思えばそうだったかも……なのである。


「リューイ、卵があるんだが」

え……?俺、尻からアレ出したの……?


「そうですよ、クロム!よく頑張りましたね!」

そして周りに集まったひとびとからも拍手を送られる。

侍女たち、リファや、弟子たち。それから医者……と言うよりも産婆に見える……女性と受け男子たち。


まぁ、出産……と言うか、産卵にちゃんと付き合ってくれたリューイは、番として、夫としてはなまるをあげてやりたい。

……何か、涙ぐんでいるし。俺が猛烈な痛みに耐えている時なんて、号泣していた気がするし。


竜皇がそれでいいのかとも思うが、そうでなくてはとっくの昔に破門の上、俺は強固な結界の中に引きこもるだろう。


だから、ある意味リューイがリューイで良かったと思う。


しかし……しかしだな。


「あんなでかい卵が……俺の中から……」

しかも、卵、2つあるんだが。


「……2つとも?」

「えぇ……っ!2卵とも、クロムさまがお産みになったのですよ……!」

マジかよ……!


「しかし、前代未聞だな、まさか竜皇妃が双子を産卵するとは……!」

いつの間にかアルダも来ていて、女将さんまで来ている。


確かに……同時に生まれたのだから、双子である。産卵する種族はこれを双子と言い表すようだ。


しかし……。


竜皇妃が産卵するのは……ひとりだけではなかったか……?いや、だからこそアルダは前代未聞だと言ったのだ。

……突然卵ができた。まさかとは思うが、竜泉効果だろうか。


「けど……その……本当にこれが俺の中から……」

出てきたとは……今となっては恐すぎる。よく俺の尻が破壊されなかったな……っ!?それに、エルフの出産と言うのは、人間や獣人と変わらない。基本胎生なのだ。

……しかし、卵生の竜人とまぐわれば、竜人の母親は他種族との卵を宿し、胎生の種族は卵を宿し、産卵するのだ。

竜人の父親とまぐわい、そのまま胎生とならないのが、この世界の不思議である。

そもそも、竜人以外は胎生でありながら、卵も産めると言う仕組みなのである。

卵生であることが変わらないのは竜人だけ。竜人はそれほどまでにまだ、竜の血を受け継いでおり、他種族も竜人とまぐわれば、その濃い竜の血に呑まれて産卵すると言うことか……。


「ですが、竜人の卵はここから中で細胞分裂をしながら大きくなっていくので、人間やエルフの胎児よりは小ぶりですよ……?」

と、リューイ。


た、確かにそうだが……。そうかもしれないが。

実際に産卵したのを見るとすくむ……。しかも、2個である。


「それらが俺の腹の中にあっただなんて、思わなかった。そう言うものなのか……?」

「人間やエルフでも、妊娠に気付きにくいひともいるでしょう?」

「まぁなぁ……」

俺も腹がゴロゴロするような感覚だったし、胎内から出る前の卵は、産卵時母体から出やすいように、柔らかいのだ。

だから胎の中で硬い卵が作られているなんて思わなかった。


「どのくらいで……産まれるんだ……?」

「春になって……そうですね。初夏が来るまでには孵りますよ」

胎生の生物とは違う。今は冬だから、およそ3~4ヶ月で産まれるのである。

竜人はそう言った意味では、子孫の誕生が早い。ただし長命種族であるがゆえに、子はできにくいのだ。

そう言った面から考えれば、エルフはぶっちゃけ、竜人よりも子を授かり、生まれてくるまでが、他の種族と比べて格段に大変なのだ。

俺はエルフの血を受け継ぎはしたが、しかし竜皇特典で、長い生の中で必ずひとり、子を得ることができる。

……でなければ大変だったろうな。それが竜人とエルフの混血が少ない理由でもあるし、竜人よりも竜であるロイドは相当稀有な存在なのだ。

そしてククルたちの方は恐らくもっと先……秋ごろになるだろう。

と、思いを馳せていれば、ふとリューイが問うてくる。


「男の子でしょうか、女の子でしょうか……」

「お前は俺の子を性別で区別すんのか?破門するぞ」


「や、やめてくださいよ!そんなことしません……!男の子でも女の子でも、私と、クロムの大切な子ですよ!」

「ならば破門はなしにしてやろう」


「……ふぅ……よ、良かった……。しかしクロム、ひとつ言えることは、これまでの長い竜皇族の歴史で、女皇はひとりもいないのです。そして、受け男子もおりません」

つまりは、産卵や出産ができない側の男のみだったということだ。


「ですがこの子らは双子……そして私たちは混ざりものが差別されることのない世界を作ると約束しました。ですが世界には未だたくさんの不文律があります。だからもし、片方がその不文律を打開するような特性を持っていたとしたら……それは、新たな世界の可能性であり、それを利用しようとするものたちから、親として必ず守ってやりたい……そう思うのです」


「……リューイ……」

ついこの間まで子どもだったやつが、まるで親父やアルダのような顔をするようになったもんだ。いや……俺が長生きなだけで、人間や獣人たちはずっとそうだったのだ。

つい先日まで子どもだった子らが、あっという間に成人し、結婚し、子を授かり顔を見せに来る。長命種からするとあっという間の時間。しかし、そうやって紡がれる生命の営みは……嫌いじゃない。新たに宿った生命には、ユグドラシルがその誕生を祝した輝きが宿っているから。


そして……この子たちにも。


「うん……守っていこう」

巣立ちの時まで……しっかりと。



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