第43話 冬の休息日


――――温泉から帰ってきて、フォレスティアからのおめでたい報せを聞いてまもなく。竜皇国にはさらに本格的な冬が来た。


「外はもちろんだが、屋内でも肌寒くなってきたな」

もちろん部屋は暖房で温かいが、廊下や出入口付近などはさすがに冷える。

廊下を歩く時は上に1枚羽織がいる。


「そうですねぇ……しかも今日は冬の休息日ですよ」

「そうだったな。世界各地にある風習だ」

国や地域によっても違うが、たいていは労働を休めて、身体を休める日。無論すべてのひとたはいかないが、その場合は交替で休みをとるのだ。

その休息日は竜神の教えにも残っているからこそ、こうして世界中に広まって、今もなお受け継がれている。


「今日は執務が終われば、私たちも休息日です」

皇族は1日休み……とはいかないから、今日は早めに仕事を切り上げ半休を取るのだ。


「終わったらまずは……」

「俺は錬金術があるから、リューイは先に部屋に戻ってるか?」

「れ……錬金術っ、それなら一番弟子として一緒に行きます!」

「でも休みは……」

「クロムと一緒じゃないと、意味がありませんから!」

全く……そう言うとも思っていたが。


執務を切り上げれば、早速釜を見に行く。

ここで何をするのかと言えば。侍女たちに教えてもらった休息日の菓子を錬成するのだ。


「休息日の菓子はアイシングクッキーが人気なんだろう?」

「えぇ。私も母上から内緒でもらったことがありますよ。雪だるまとか、動物とか、いろいろなものがあって、子どもたちに大人気なんです」

けれど次代竜皇と言う立場上、表立っては楽しめなかったのだろうな。それから、ユリーカの当時の立場や、リューイの目の色のこともあった。


「でも……それも錬金術でできるのですか?」

「釜には記憶させているからな」

今までにない形などが必要なら、釜に注文がてら記憶してもらうこともあるのだ。今回のクッキーもそう。

狙いどおり、雪だるまや動物の形のアイシングクッキーができたので。


「これは釜に」

そのひとつを釜の中に戻せば、一瞬光を帯びると釜の中は空になっている。


「師匠……今のは……」

「初めて作る菓子に、釜の精も気になっていたからな。お裾分け」

「師匠らしいですね」

「こう言う接待も大事なのだよ。よく覚えておけ、自慢の一番弟子よ」

「はい!」

リューイが笑顔で頷く。ほかの弟子たちも、クッキーを作りつつ、俺の真似をして、釜に差し入れしてきてくれた。


「あの……そのクッキーはどうするので……?」

「子どもたちに配るんだ」

ニィと笑えば、早速冬装備に着替え、弟子たちや侍女たちがグループに別れて皇都に繰り出す。俺たちはスオウとリファを連れて。


「それぞれ皇都の孤児院や、親御さんと冬のバザーに来ている子どもたち、病院の子どもたちにな。尤もこれはみんな趣味でやってることだ。仕事じゃぁない」

「確かにクロムもみなも、楽しそうです」

「だろ?」

楽しさは、みんなで分かち合わないとな。


俺たちは担当の孤児院を訪れ、待っていてくれた院のスタッフたちに招かれ子どもたちにアイシングクッキーを配ってあげた。


「みんな嬉しそう」

「妃殿下は人気者ですからね」

そう微笑んだのは、今回の訪問を快く承諾してくれた院長だ。


「アルダさまのお陰で、竜皇国を追い出される前に、保護できた子どもたちもおります。未だ混ざりものと呼ばれることはあれど、それをものともせず、錬金術で躍進される妃殿下は、みなの憧れなのですよ」

ここは、半竜人と呼ばれる子らも保護している。そして良い引き取り手が見付かれば、アルダが精査して養子縁組を結ばせるかどうかを判断してくれる。アルダの功績ではあるが……しかし、俺もそのひとつの力になれているのなら、こんなに嬉しいことはないだろう。


そして最後にリファと共に軽く舞を踊って見せれば、とても喜んでもらえた。


「あのね、ぼくも、妃殿下みたいな踊り子になりたい!」

あの日……あの時、リューイのその言葉を俺は拒んだ。だが今は、そのわだかまりの原因も解け、踊り子を志す子らに舞を教えることもある。


「うん、楽しみにしているよ」

なでなでと頭を撫でてあげれば、飛びっきりの笑顔を見せてくれた。


俺たちは子どもたちとの交流を終え、手を振りながら孤児院を後にした。


その後は城に戻り、同じくお菓子配りを終えてきたみなを見送る。

侍女たちや、リファたちも、交替で休みをとる。中には休息日に準備を整え、年末に帰省する子らもいる。リファは今晩はラシャやアルダたち家族と過ごすらしく、スオウと一緒にラシャとアルダを迎えに向かった。


さて、俺たちも。夫夫の部屋へと戻ってくれば、ソファーに腰掛け落ち着く。


するとリューイがワインを持ってきてグラスに注いでくれて、つまみを広げる。俺たちは暫しリラックスすることになった。


「あの……リューイ」

「はい、クロム」


「お前が子どもの時、俺はお前が舞を踊りたいと言ったのを拒んだ」

「……そんなこともありましたね」


「すまなかったと……思っている」

俺のエゴで、リューイがしたいことを制限させてしまったのだ。


「いえ……あの頃は、クロムのやることを何でも真似したかったと言うか……その、私はインドア派なので、多分躍りを習ったら途中で根をあげていましたよ。つまりクロムの判断は正しかったんです」


「けど……俺は……っ」

「それ以上は」

リューイが俺の唇に人差し指を当てる。


「私はクロムが舞うのを見るのが好きです。錬金術が好きです。クロムの側にいるのが好きです。私は今、本当にやりたいことをやっている。それはあなたがかつて、私を弟子として導いてくださったからです。だからあなたが後悔することなど何もない」

「リューイ……お前は……優しいな」

「クロムもですよ」

リューイが優しく微笑む。

何だか俺も、ホッと笑顔になっちまったな。

そして何だか嬉し恥ずかしい思いを紛らわすように窓を見やれば。


「……雪だ」

クッキーを配ってるときはまだ、曇りだったのに。

「おや、また降って来ましたね」

国や地域によっては、一日中常夏な場所もあるが、竜皇国は東国と同じように四季があり、雪も降る。


「積もってしまったら、帰省する子らは大丈夫だろうか……?」


「では……軽くて温かい防寒具を作ると言うのはどうでしょう?」

「そうか……それなら、途中吹雪いたとしても安心だな。なら、リューイがデザインを考えてくれ。俺は調合を考える」

「はい!もちろんですよ」

こうして夫夫でそれぞれ補えるのも、悪くはない


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