第26話 竜皇妃の実家


リューイと両親との対面が果たされ、打ち解けたところで父さんが微笑む。


「せっかく来たのだから、今日はゆっくりしていってください」

「そうねぇ。あ……そうだ。久々にクロムと錬成もしてみたいな」


「……いいよ、母さん。あと、弟子もできたし」

「おや」

父さんがリューイを見る。


「そうそう、そう言えば。ルーンからも聞いてる聞いてる」

母さんがくすくすと微笑む。


「えぇ。クロムの一番弟子ですから」

リューイが満面の笑みで微笑む。ほんとお前は……。そんなところも愛おしいと思うがな。


そして到着した初日は、母さん……いや、師匠に、リューイと共に錬金術を披露したり、それから錬金術でこしらえた菓子をみなに振る舞った。


「クロムは昔から、お菓子の錬成が得意だよねぇ」

「そうかな、母さん」


「そうそう。母さんが教えたレシピを簡単にアレンジしちゃって。そらで?最近は全然レシピをくれないじゃない。リューイくんのお母さんも気に入ってくれたのに」

母さんは既にリューイを『くん』付けである。しかしリューイもそれには満足しているようだし、大師匠であり義母の母さんと交流できることも楽しそうだ。

こうして師弟3代で錬成釜を囲うなんて、なかなかある機会じゃないものな。


「母上も……ですか」

そして自身の母のことを聞いたリューイも、少し嬉しそうではあるな。


「それは良かった」

そして安心したように息を吐く。話に聞く限りは、とてもお菓子に喜ぶような境遇じゃなかっただろうに。

そうして先代竜皇妃の心を開けるのも、さすがは母さんだな。


「それなら、夜に幾つか書いておくから」

「ほんと?嬉しいっ!」

母さんがきゃっきゃと喜ぶ。

そして母さんの菓子は父さんも兄貴も好きだから、きっと嬉しいだろうなぁ。


「そうだ。最近ロイドが顔を出してくれないの。お菓子を送ったら喜ぶかなぁ」

おや、近場なのだし、ここはロイドにとっては実家と言えるべき場所なのに。あいつ、あまり帰ってないのか……。まぁ、俺が言えたことじゃないが。


「うーん……女王ククルも菓子は好きだろうか」

「えぇ、もちろんです」

それには従姉妹のリリィが答えてくれた。


「なら帰りはリリィに土産を持たせよう。兄貴と、それからロイドに。女王ククルと食べるように……と言う兄弟子命令を添えて」

「まぁ……っ!それはいいアイディアです!」

リリィも喜んで賛同してくれる。


「なるほど……ふふっ、いい作戦をありがとっ!」

母さんもリリィ経由で今後は届けるだろうなぁ。何かと遠慮がちなロイドも、女王ククルが喜ぶのなら、照れを隠しつつも食べるだろうな。


そしてその後は、錬成のレッスン。錬金術師は常にレシピを研究し、探究し続けなければ、腕が鈍ってしまう。

さらに長く生きていれば、常に進化しようと、先へ進もうとしなくては、時代に置き去りにされてしまう。


だから改めて母さんに学ぶこともあるし、母さんも俺のアイディアやレシピの研究を興味深く聞き、アドバイスをくれる。


「リューイ、どうだ?錬金術師ってのは果てがないだろ?」

「えぇ、さすがはお義母上……いえ、大師匠です」


「そうそ。あとな、果てがないからこそ、時には不老不死を追い掛けるものもいた」

「人間や、獣人ですか?」

「確かに短命種は、長命種に憧れを抱く。でも本当に求めたものの多くは、混ざりものだ」

ただでさえ生きにくいこの世界。しかし寿命だけでも追い付けたのなら……何かが変わるだろうか。苦しい人生から解放されるだろうか。


――――その、思いで。


「ま、結局はそんなことはない。不老不死の錬金術なんざ存在しない。いくら長く生きたって、俺たちを見る目は混ざりものでしかない。今やお伽噺だよ」

「そうそう。最近はあまり聞かないなぁ」

母さんは、俺が知る限りこの世界では一、二を争う錬金術師である。

混ざりものに目を向けぬものたちはどう言うか分からんが。


母さんは不老不死なんてものよりも、生活を豊かにするもの、弟子たちが食っていけるように必要なものを深く、どこまでも追い求めた。


そしてそれらがひとびとや母さんが抱えた混ざりものの弟子や孫弟子へと受け継がれたから、不老不死の夢なんてものも、今やお伽噺となったのだろうな。


「でもそう言う意味では母さんはさ、父さんとは一緒に逝けるんだ」

「そうだねぇ。それは幸せなことだよ」

母さんが微笑む。

ふたりの年齢が、ちょうどふたりの遺伝子から算出した平均寿命と合致しているから。


「だから母さんは不老不死を求めていない」

「お義母上を見ていれば、何となく分かりますね」

「そうだろ?」


「そうだねぇ……ぼくはこの人生に何よりも満足しているからね」


「……それを聞くと、今でも迷います。母上を見て、先代竜皇の寿命でしか死ねなくなってしまった母上。私はそんな母上をずっと見て来たのに、クロムに同じことを科してしまったのです」

「ぼくだって、長い人生で死にたくなったことのひとつやふたつ、あるさ。でもこうして生きているんなら、同じように惑う彼女の支えになりたいと思う。この世界にはさ、捨てるものも、迫害するものもいるが、拾ってくれるもんもあるからね」

「お義母上……」


「そうそ。そんなのありありだ。だからリューイが気にすることじゃない。リューイと共にあることを選んだのは俺自身だ。この長い人生、死にたくなるほどつらいことがあったって、お前は俺の隣にいてくれるんだろ?」

「……はい……!もちろんです、クロム」

リューイが力強く頷く。


「ふふっ。迷ったら、いつでも相談しにきてね。先輩夫夫として、たくさんたくさん頼ってね」

「あぁ、ありがとう、母さん」

「ありがとうございます、お義母上」


優しい母の愛を久々に受け取り、いい歳なのに何だかむず痒い。

その晩のご飯は、母さんが俺の好物を集めてくれた。

リリィやリファたちも手伝ってくれる中、何だか照れくさくなりながら鍋をかき混ぜていたのは……母さんにはバレているかもなぁ……。


※※※


――――その夜、寝室でレシピを書き落としていれば、不意にあくびが込み上げてくる。

するとリューイが突然、俺の背中を包み込むように抱き締めて来た。


「……リューイ?」

「そろそろ寝ましょう。クロムの目の下に隈が出来ては、せっかくの美人が台無しです」

「誰が美人だ。おべっかが……」

「いえ、美人ですよ。クロムは世界一の美人です。番の私が言うのだから、間違いないですよ」


「……ったく、番ってのは盲目だ」

「恋も盲目、愛も盲目ですよ。ただただ伴侶の姿だけを追い掛けてしまう」

確かに……リューイは追い掛けてきた。


「愛しています、クロム」

こんな、タイミングで……。いや、いつだってリューイはそうやって、俺に愛を囁くのだ。


リューイの冷めやらぬ体温に、今日はここまでにしようとペンを置くが……。


何だか俺まで身体が火照ってしまう。全く……寝不足で目の下に隈ができたら、どうしてくれんだ。


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