第37話 前夜祭


――――ひと騒動あったものの、俺は建国祭に向けて舞を教えつつ、日々の執務も錬金術もと忙しい日々を送っていた。


「今日から前夜祭だな」

俺たちの公式式典は建国記念日の明日からだが、城下の庶民たちはその前日から盛り上がる。それが前夜祭。

メインストリートや広場には露店が並び、舞や唄と言った催し物もあるようだ。


「そうですよ、クロム。待ちに待った前夜祭です!」

「いや、待つのは本祭なのでは……」

むしろ竜皇夫夫の本番はそちらだ。


「いえ、こちらも重要ですよ!むしろ何故前夜祭が開かれるようになったかご存じで?」

「えぇ……そうだな……一足先に盛り上がりたかったから……じゃないのか?」

思えば、世界各地の祭にも前夜祭があるが……何故前夜から行うのかなど、考えたことはない。旅芸人たちにとっては、自分たちのステージをより長く楽しんでもらえるボーナスイベントだしなぁ。

それに前夜祭があることで困ることなんてないよな……?


「そうですね。今となれば、庶民はそうでしょう。しかし前夜祭には国からも予算が出ています」

建国祭なのだから、国から予算が出ていてもおかしくはないのだが。何せ庶民たちにとっても、日頃の憂さ晴らしに楽しめるイベントだ。庶民たちの暮らしのために、建国祭くらいは予算を出しても悪くはないのでは?それに何の関係が……。


「ふふんっ」

途端に勝ち誇ったような表情をするリューイ。やはり夫として、背伸びしたいのか……?きっと物知りなアルダに聞いた知識だろうが、背伸びしたがるリューイは何だかかわいらしいから、そのまま聞いてやろう。


「前夜祭は、せっかく民が建国を祝ってくれるのだから、そんな民の様子を見たいと考えたかつての竜皇が始めたのです。竜皇は建国祭が始まれば式典にかかりっきりで、民の様子をなかなか見られません。まぁ、竜皇の姿のお披露目で、集まった民の顔を見ることはありますが、自然に楽しんでいる風景を見られるわけではないのです。だから表向きは、庶民にも建国祭をもっと楽しんでもらうために」

「ほう……?確かにそれならいい考えだ」

でもなぁ……。

「絶対番と祭を楽しみたいってのも理由のひとつだろ」

王族皇族貴人には、あまり馴染みのないものだが。庶民からすれば祭と言うものはかくも離れがたく、恋しく、懐かしいものだ。

特に東国では身分の高いものたちとて、庶民に混ざり祭を楽しむ。

ならば竜皇に選ばれた歴代の妃がどんな身分でも、祭を恋しく思うだろう。

だからこそ、そんな妃のためにも竜皇は妃を祭に連れて行きたかったのではないか。


「ふふっ、バレましたか」

「ははっ、やっぱりか」

ほんっと竜と言うのは、番が大好きだな。


「……ってことで、私たちも祭に繰り出しましょう」

「言うと思ったが……アルダは?」

「ダメだと言うのなら、私に教えませんよ」

案の定、情報源はアルダだったか。


「父上と母上も最初の頃は、前夜祭に共に行っていたようです」

「最初の頃……?」


「そうですね。でも次第に母上は行かなくなり、父上がひとりで民の楽しむ姿を視察に行っていたようです」

ユリーカは恐らく、自分が封じたものを見たくなかったから。悔恨の念に苛まれたから。だからリュージュさまは公務として、視察として赴いた。それは……とても寂しいことだっただろうな。


「でも、今後はさ、お忍びで行けるんじゃないか……?」

「えぇ、きっと母上も行きたいと思ってくださる」

今のユリーカなら、きっと祭を楽しめる。故郷を懐かしむ、祭の音頭を。今度は、本当の番となった、リュージュさまと。


「だからそのためにも、私は民が楽しむこの祭を、よりよいものにしていきたい。クロムにも見せてあげたいのです」

「そう言われたら、断れないな」

「それを狙っていますから」

「こーら、お前はもうっ」

その素直すぎるところ、何とかしたらどうだ。本当にすぐ泣くし、喜ぶし、嘘をついてもすぐに分かるし。でもだからこそ、俺はお前の番であろうと思えるんだ。


「あと、念のため変装をしましょうか」

リューイが取り出してきたのは、一晩用の染髪剤である。

突然の雨には強いが、専用のシャンプーを使えばすぐ落ちる優れもの。

レシピと材料さえあれば、錬金術でも作成可能である。


「最近祭のためとか言って、錬金釜を弄ってたのは……」

ただでさえ立て込んでいて忙しかったのに……。


「クロムと楽しむためですから!」

リューイが満面の笑みを浮かべる。

そこまでしてくれたんなら、楽しまなきゃな。

そしてリューイは明るい茶髪に、俺は青髪に染め、庶民の服を身に纏う。

リューイが無駄にイケメンなのが気になるが……イケメンの竜人も多いから問題ないか。

護衛たちも陰ながら付いてきてくれるらしく、俺たちは気兼ねなく、共に夜の城下町へやって来た。


冬は雪も降り寒くなる竜皇国の建物はレンガ造りだが、祭の様子は木造建築の多い東国に近い。


細長い独特な形の赤い提灯、並んだ屋台は暖簾を冠し、独特な祭囃子が聴こえてくる。


祭は庶民が紡いできたものだろうが、テコ入れをしたり、第一にアイディアを出したのは確実に竜皇だよな……?

ほんとに番が大好きだな。


「露店にもたくさんの食べ物があるでしょう?」

「本当だ。以前行った東国の祭みたいだな」

そして海に面しているところではイカメシ焼きもあった。竜皇国の皇都の近くに海はないが、イカを輸送し、わざわざイカメシ焼きを仕入れていた。歴代の番の中には、絶対海育ちがいたのだろうなぁ。


「何か気になるものがありましたか?」

俺がふいっとイカメシ焼きを指差せば。


「それにしましょうか」

「ほんと?サンキュ」

リューイがイカメシ焼きを二本購入して、片方を俺に差し出してくれる。これは小振りなイカにおこわを積めて、竹串を刺して焼いたもの。もう少し大きくなると箸で食べた方が便利だが、祭で歩きながら食すなら、確かに竹串の方が便利である。


「ソースも中のおこわも旨いな」

「えぇ。見たことはあれど、食べたのは初めてです」

「そうなのか」

美味しいのに。それとも見た目かな……?旅芸人時代、海産物に慣れていない仲間がビビっていたもんな。東国ほど、海産物が豊かな場所はない。むしろ食べれるもののバラエティーがすごいのだ。

タコ、ホタテ、鮑に、あとワカメと昆布。

しかしそんな東国の面々も、フォアグラの発想はなく、東国出身の踊り子が驚いていた。

本当に祭に来ると、今まで忘れていた思い出まで自然と浮かんでくる。


「もしかしたら、クロムと食べるために残しておいたのかもしれません」

「ぐほっ、お前何言って……」

「ロマンチックでしたか!?」

「自分で言ったら台無しだぁ、アホッ!」

「ええぇ~~、残念」

悔しがるリューイだが、そんなところも俺は好きなんだからな……?


そしてふたりでぶらりぶらりと歩いて行けば、広間が見えてくる。広間からは祭囃子や東国の独特なメロディーが響いてくる。こんなところまで……いや、旅芸人が来ているようだし、敢えてその曲目を選んだのか……?思えば竜皇への求愛も、原曲は東国風である。

代々の妃の故郷の色が、所々で生きている。


「しかし……旅芸人までいるとは」

さらには露店商も見てとれる。珍しい外国の品を扱っていたり、それから竜人の商人たちも祭用に店を出しているようだ。


「最近は商人や旅人の往来も緩和しておりますので、こうして建国祭の前夜祭から、多くの旅芸団が集まっています。他にも冒険者や商人」

「そうだったのか……でも、地元民の反発は……?」


「血に拘るのは上層部だけですよ。庶民にとって大事なのは、血統ではなく暮らしが豊かになるか……です」

「確かに、その方が大事だ」

貴人に憧れるものたちは多いが、彼らは長く生きている分、分相応か不相応かを、より身に染みて理解しているはず。


「そして新しいものが入ってくるのも、どこか新鮮で、わくわくしています」

確かに民衆は楽しそうだな。

「錬金術を通しても、便利なものは増え、新しいものも仕入れておりますから」

それらは商人にも渡っているし、城勤めをしているものたちから、その城下の家族や友人に……確実に広まっていることは確かだ。

そして城には貴人の顧客もいる。時には自分の家ように個人で注文してくれるものもいる。

そこから他の貴人や使用人に……その家族や友人に。


広まる輪は、必要としているところへ確実に浸透している。


「飢えて……いたのかもな」

何百年も変わらない、他を寄せ付けなかったこの国も。

リューイと言う新しい風が舞い込み、俺が錬金術と言う異色の風を吹き込んだ。


「ですが、満たされていますから」

「そのようだな」

広場のイベントステージでは、さまざまな楽器と共に、踊り子たちが舞う。俺もかつてはあそこにいたんだよな……。

そしてその中には人間も、獣人もエルフもおり、混ざりものと思われる特徴のものまでいる。

俺の視線に気が付いたのか、リューイが微笑む。


「何せ、混ざりものの代表が堂々と顔を出しているのです。隠す必要などないでしょう?」

「それも……そうか」

ついでに言えば俺もだが。


「それに……錬金術が竜皇国に新たな風を吹かせ、みなに受け入れられつつある。その錬金術を手掛けるのも」

「そうか……あいつらだものな」

竜人からは半竜人と呼ばれる混ざりもの。しかし彼らが努力して修行し、営業して勝ち取った成果もここにある。


「けど、一番はリューイがいてくれたからだ」

この異色の竜皇が、恐れることなく、先頭に立つ。だからこそ俺たちも、自分自身を混ざりものと、蔑まずに済むのだ。


「私にとっては、クロムがいたからですよ」

「な……っ、おま……っ」

「クロム……」

リューイが、愛の言葉を囁く。そんな恥ずかしいことは……。夜空に上がる花火の音に掻き消されたことには、いささか顔の紅潮が素直すぎて無理だろう。

「クロム、あなたが私の番だからこそ。私は何があっても頑張れる。愛していますよ、クロム」

雑踏は花火で盛り上がるステージに夢中で、雑踏の片隅の俺たちなど気にもしないだろうが。

だからって……。

花火をバックに淡く口付けるなんて……。


「は……反則だ」

「こうでもしないと、クロムが逃げてしまいそうなので」

ま、マーキングかよ。それとも……ただの寂しがりや……?しかしだな。


「よ、よくもやったな?」

俺はリューイの頬を両手で挟み、そしてぐいと引き寄せる。

そしてちぅっと口付けたのは、今度は濃厚なものだ。


「……お返しだ」

リューイの唇を放し、ニヤッと笑む。これぞ年上のプライドだ!

「……っ、ふふっ」

「何故笑うっ!?」


「いえ……幸せすぎて……。クロムからこんなに熱烈な口付けをいただけるなんて、思っておらず……。嬉しいです」

「ば、バカ……そんなに喜ぶな」

「無理ですって」

ほんとな。何たって、顔が蕩けてるぞ。



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