第36話 踊り子の弟子


明らかな敵意を感じる。それが純粋なライバル視……などだったら伸ばしようがあるだろうが。


「やっぱりおかしいです!」

そう述べたのは、竜人のかわいらしい青年だ。いかにも攻めどもに人気の出そうな受け男子って感じだな。


一応わだかまりだの、不安事項は早めに払拭していきたいところだが。


「クロムさま、あの……」

侍女のひとりが俺に耳打ちしてくる。


「髪の色を変えているようですが……見覚えが。他人の空似かとも思いましたし、リストには名がなかったので……ですが、あの感じ、覚えがあります」

なるほど……?もしかしたら、竜皇国の建国を祝うめでたい日に相応しくないと、弾いてもらったやつかもしれんな……?

相応しくない……と言うのは、俺が来てから、来る前にも、あからさまな混ざりもの差別を行ったり、素行のよくないものだ。


俺が受け入れたのはあくまでも、そのような問題がなく、混ざりものであっても共に踊る仲間として適当だと見なしたものたちだ。


「……そうか……ありがとう」

教えてくれた侍女に礼をいい、彼の前に立つ。


「何がおかしい」

「決まっているでしょう!?映えある竜皇国の建国祭!その祭りに、半竜人や混ざりものの妃が舞を捧げるだなんて!不敬です!」

俺が踊ることは、リューイが賛同したことだし、共に踊るものの選出も、リューイが血統なんぞで縛るはずはない。


「そもそも……混ざりものであるお前が竜皇の妃になったこと自体、間違っている!」

お前は神か何かのつもりか。現に神は、人間に近付きたく、そして人間との間にもうけた子孫に、神でも竜でもなく、ひとの心を授けたかったと言うのに。


「それに……お前は人間じゃない」

「そうか」

「竜皇の番が、人間じゃなくてもいいのなら、なら、同じく完璧な竜人であるぼくが竜皇妃に相応しい!完璧な竜人であるぼくが妃になることで、次代に人間の血を混ぜるなどと言う、愚かな罪を受け継がずに済むんだから!!」

「ふぅん……?」

もう種族だの血統だのを気にするのはやめた。何だか馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。

俺と、リューイが築いてきた人生も、歩んできた日々も、種族や血統で縛られない。

俺に憧れて、そんな俺のために番への舞すら封じた人間の少女。

大切な女性がほかの人間の男と結ばれ、悲恋の末遺した忘れ形見に、本心を固く封じて見守り続ける不器用なハイエルフ。

半竜人であろうと、末子として溺愛して、数日会えないだけでほうほうの体になる竜人の父子。

混ざりものであるがゆえに故郷を追われても、故郷の菓子や踊りを伝え続ける旅芸人たち。

大切なことはずっとずっと見てきたはずなのに。引き籠っていたはずの日々には見えなかったことも、見ようとしなかったことも、今はちゃんと、見えるから。


「それが何だ。実に陳腐な言い分だな。お前が竜皇に相応しい……?リューイ自身のアイデンティティーすら否定するお前がか?ほんと……馬鹿馬鹿しいな」

「は……?アイデン……何……?」

お前が否定し見下す人間たちはとっくの昔にその言葉を知っているぞ。


「俺とリューイが互いに思いあっているのならら、それ以上に相応しい条件などありはしないだろ」

その言葉に、周囲もうんうんと頷く。


「う、うるさいいいぃっ!ぼくが……ぼくの方が相応しいんだぁっ!!」

竜人の青年が、俺に掴みかかろうとする。

やれやれ……自分の言論が通らないとなれば、次は実力行使か。咄嗟に前に出ようとする侍女たちを制し、掴みかかろうとする腕を掴もうとした時だった。


別の手がスッと伸びてきて、彼のか細い手首をがちりと掴んだ。


「……い……っ」

「そこまでだ」

いつもよりも抑揚のない番の声だが……しかし、助けてくれたことにはホッと安堵する。


「でもこれくらい、俺が自分で何とかできるぞ」

「それでも……こう言うときくらいは格好つけさせてください、クロム」

「仕方がないな」

俺が苦笑すれば、俺の無事を確認したリューイは、次に掴みかかろうとしてきた青年を見下ろす。


「あなたのことはよく覚えている」

おや……知り合い?思えば侍女も見覚えがあると言っていたし、この青年はリューイの目にも留まる場所で悪さをしていたと言うことか。

むしろ報せてくれた侍女もまた、竜皇妃に仕える侍女である。

リューイがまだ幼く、ユリーカが竜皇城にいた頃から、仕えていたのだろう。

竜人と言うのはそう言う面でも、長生きな特性が活きている。

時には飽いて宮廷を辞することはあれど、変わらず仕えてくれるものたちも多い。

そしてその中には、俺たちに仕えるには不相応だと追い出されたものもいる。長い人生の中で、変われなかったものたち。彼も……そうだったのだろうか。


しかし当の本人は、何故か顔を輝かせている。

「まぁ……っ!竜皇さま!」

そして感激してリューイに抱き付こうとする竜人を、リューイが掴んでいた手首ごと払いのける。


「え……っ、竜皇……さま……?」

床の上に無惨に打ち捨てられるように転がった彼が、呆然とリューイを見上げる。


「病んでしまった母をさらに追い詰め、身も心もボロボロになった父上に、母上よりも自分が父上の番に相応しいと擦りよった……!貴様は私の両親の仇だ」

「……そんな……ひどいっ」

それはどちらがだ。

そうか……そう言うやからは大体竜皇城から追い出したと思っていた。

今も仕えてくれる侍女たちは、ユリーカがまだ城にいた時も、心ない言動を働くものたちから守ってくれた侍女たちだ。

血統や迷信に囚われない強く広い心を持つものたち。だからこそ、今も城に仕えている。


だが……追い出せたのは侍女など宮仕えをしていたものたちのみ。

宮仕えをしていなくとも、貴族家をひとつひとつ漁れば、まだまだ出てきそうだな。


この男は宮仕えをせず、ただただ実家の権力を笠に着て、ユリーカやリュージュさまを追い詰めたのか。

しかしユリーカの側にいた侍女たちは、その顔を覚えている。

髪の色を変え、変装しており、さらには名前も偽ったのだろう。だから侍女のようにもしかしてと思うものはいれども、確証がなかった。

ここでまんまと明らかになったがな……。


「名簿に貴様の名はないようだが……親類の名を騙って入り込んだようだな。調べはついている」

あぁ、それでリューイは急いでここに駆け付けてくれたのか。

やはり城のものたちの中にも訝しむものたちはいて、調べてくれた。それをリューイに急ぎ報告してくれたのだ。


「もはや貴様の追放だけではない。家ごと国外へ追放してやる」

リュージュさまとユリーカを苛んで、再び竜皇夫夫に手を出した。

その罪は、もはや彼ひとりでは贖うことはできまい。


「そんな……っ、竜人が竜皇国を出されたら、どこで生きていけばいいと言うのです!」

「そんなこと、自分が考えろ!」

そうだな。リファや半竜人の弟子たちは、何も悪いことをしていない。しかし彼のような身勝手な血統主義者たちにより、竜皇国を追われ、命の危機にさらされた。助からなかったものも、たくさんいる。俺もアルダもそう言う子らをたくさん弔った。


だがしかし、お前らはまだましだ。

大人の、純血の竜人なのだから、無力の子どものうちに奴隷とされ、素材として飼育されずに済むのだから。


けど……。


「リューイ……子どもだけは」

貴族と言うのは、連座制である。許されぬ罪を犯したなら、連座制でその家が潰れ、一族全員が路頭に迷う。

形態は違えど、どの種族の国にも同じような制度はある。

しかし……子どもは違う。子どもにだけは情けをかけることがある。

それが人道であるからだ。

俺たちはみな、その人間の血を引いているからだ。

たとえ自らの種の根源を忘れたとしても、血脈が延々と受け継いできたものを、実はまだ大切に、持っているのだから。


「分かっている。竜の血を引く子孫たちを、これ以上道具にはさせない。成人していないものたちは、竜僧院に預けよう」

「……そうしてくれ」

たとえ今回の騒動が家ぐるみの行いだったとしても、子どもには罪はない。大人たちの悪事を、子どもたちがどうして止められようか。大人たちの悪事に巻き込む必要はないんだ。


「だったらぼくも特別扱いを……っ」

「バカを言え!300を越えた竜人など、自らの罪を自分で背負う責任を追う必要があるに決まっているだろう!」

まさかのコイツの方が年上かよ……。童顔に騙されたな。しかし、長く生きる竜人の方が、古い時代に固執しやすい。アルダや女将さんのように、常に考えを時代に合わせ……いや、先読みして進化させるものもいるが。これからの治世、生き残れるのは彼のような愚かな竜人ではないのは確かだ。


「それと……お前はユリーカを虐めたんだな」

最後に、彼に向かい立つ。


「は……?それが何!?竜皇さまに舞も捧げないあんな人間の娘よりも完璧な竜人のぼくの方が竜皇さまに相応しいだろう!?」

完璧な竜人ね……。そんなものは本来存在していない。竜人もまた、竜が人間に近付くために人間の遺伝子を混ぜたものだ。

それを知った時、理解した時、彼は何を思うのか。いや……一生認めないかもしれないが。


「しかもあの人間の娘、誇り高き竜皇の血に、人間の血を混ぜやがった!」

それは、今お前が媚びを売ろうとした竜皇リューイのことではないか?

しかし彼にはリューイは見えていないのだ。己の幻想の中の高貴な竜皇しか見えていない。彼にとって重要なのは、リュージュさまでもリューイでもない。

『竜皇』と言うブランドだ。


「だから何だ」

リューイが冷たく告げる。


「私はこの身に受け継いだ父上と母上の血を、誇りに思っている……!この黒い目も、母上から受け継いだ大切な色だ。そして私と最愛のクロムを繋ぐ色だ」

俺の髪も……黒だから。祖先を辿れば、俺もリューイも、恐らく同じ東国に繋がるだろうな。


「……そんなぁっ、何で……竜人の血の方が……竜人の色こそが至高の色なのに……!」

何故そうまでして信じられないと言うような顔をする。そして竜人の色が至高ねぇ……。そんな教え、200年来生きてきて初めて知った。300年前はそう言う教えがあったとでも……?父さんや兄貴に聞けば分かるだろうか?

そんなものあるわけがないとふたりとも言いそうだがな。


「……そして、リューイの両親を苛んだのも許せないが、俺はユリーカを虐めたお前を許さない」

「は……?何であんな女……っ!」

「……ったりめぇだろ」

踊り子である俺に憧れてくれて、自らが犯した過ちに苦しみ、舞うことを禁じた。好きだったはずのことを……150年の長きに渡り……。

そして彼女は自分の番に舞を捧げることができるようになった。それが俺のレッスンで覚えた舞ならば。


「リューイは俺の錬金術の弟子だが、踊りの一番弟子はユリーカだ」

同じ旅芸団の仲間と教えあったことはあれど、あれは仲間内のレッスンで、俺はあの頃はまだ、周りの先輩たちに教わることの方が多かった。けど今は……踊り子として再起した。今はもう、彼女たち、彼らから受け継いだものを、ひとに教える側だ。150年、かかってしまったが。俺に舞を教えてくれた先輩たちの多くはもうこの世にいない。恩を返そうにも、返す相手はもういない。


成長の遅すぎる後輩、弟子ではあったが、ようやっと先輩たちの教えを繋げることができたから。


「師匠が弟子を守るのは、当たり前だろうが」

やっと立ち直る一歩をリュージュさまと踏み出した。そんな彼女を苦しめることは許さない。

「ひ……っ」

竜人は、恐ろしげなものでも見るように俺を見上げる。この世界で最強であるはずの竜人が、こうも畏れるとは。

しかしそれが、お前が数百年蔑んできたものたちの命の重みだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る