第34話 竜への求愛
――――祭剣を携え、再び静養地へ戻ってきた俺たちは、ユリーカに会いに来ていた。
「母上、実は母上に渡したいものがあるのです」
「リューイが……私に……」
ユリーカも突然のことで驚いているようだ。
「私が作ったものです」
そう言って、リューイは包みにくるまれた祭剣を中から取り出すと、そっとユリーカに差し出した。
「……これは」
「竜皇への求愛と言う舞で使う剣だ」
「そ……れは……っ」
彼女は、伝統であるはずのその躍りを踊ることはなかった。それはひとえに、俺への悔恨の念があったからであろう。
「過去の悔恨への贖罪は充分に果たされたはずだ。ユリーカが踊ってはならない理由なんてない。むしろ俺は、俺に憧れてくれた女の子が、舞を覚えて、誰かに捧げてくれるのなら、それほど嬉しいことはない」
「……でも……私は踊りなんて……」
「問題ない。竜皇への求愛は、今じゃご立派になってはいるが、元々はしがない町娘が踊ったもの。庶民が気軽に楽しめる躍りだ。完璧じゃなくたっていい。思いを込めて楽しく舞うのが庶民の舞だ」
それがどういうことか、格式が高くなると同時に、失われていくのだが。今の彼女には、格式だかく感情を殺したものじゃない、本来の求愛の舞を踊って欲しかった。
何せリュージュさまはもう竜皇を引退した身。竜皇に捧げる舞じゃなくていい。
少女が番に迎えてくれた竜に精一杯向けた舞を。
「一緒に練習してみないか」
「クロムさまが……教えてくれるの……?」
「もちろんだ」
こちとらプロの踊り子だもの。
こうして、俺はユリーカにレッスンをつけることになった。
演奏は昔舞の曲を勉強した時に習った弦楽器。マジックボックスにしまったままになっていたが、それでも時折メンテはしておいて良かった。
弦を少し調整するだけで、問題なく音も出る。
――――と、なれば後は……。
「それで、リューイ。リュージュさまの足止めはお前にかかっている」
「が……頑張ります……」
これはリュージュさまへのサプライズでもあるのだ。
他にも、スオウたちは設営を手伝ってくれて、リファは侍女たちと食事の準備である。
それほど難しくはない町のお祭りの程度の舞だが、違うのは短剣を持つところ。
「どのように渡せばいいのでしょうか」
「そうだな……大体は竜皇に向かって両手で剣を掲げるが、俺はリューイに突き付けた」
「ええっ!?」
「それが俺の覚悟、リューイは俺の覚悟もしっかり受け取ってくれた」
「覚悟……」
「他にも、愛や優しさでもいい。思いがこもっていれば、自然と形になるものだ。迷ったらリュージュさまに、柄を向けて、差し出せばいい。リュージュさまがユリーカの剣を受け取らないわけがないのだから」
どんなことがあろうと、受け取ってくれる。竜の本能よりを抑え込んでまで、ユリーカのために尽くした竜である。
「うん……」
必ず受け取ってくれるひとがいる事実は、確かにユリーカに安堵を届けてくれた。
――――そして、夕刻。
御殿の広間には、舞を踊るためのスペースと、食事ができるスペースが設えられている。さらには宴用の料理も並び……リューイがリュージュさまを連れてきてくれた。
リューイは無事にリュージュさまを引き留めてくれたらしい。
「子らが何やら作戦を練っているのなら、静かに待ってやるのも親の務めだろう?」
おや。
「リュージュさまの方が一枚上手だったな」
「その……必死になってしまった自分が……少し恥ずかしいです」
むしろリューイが必死になりすぎてバレたのでは……?しかしそれを汲み取ってくれるのも、確かに親心……か。
今回の演奏は弦楽器だけというシンプルなものだが、踊り子時代には、弦楽器とふたり一組で公演前の宣伝を兼ねて路上ライブ……なんてのもあったしなぁ。
あの頃のことを思い出しつつ、久々に弦を奏でれば、それに合わせてユリーカがステージに登場し、祭剣を構えてくるりと舞い始める。
そしてゆっくりとリュージュさまの前に進み立ち、剣の鞘を両手で抱え、差し出した。
弦の演奏も終わり、その場が静寂に包まれれば、リュージュさまがゆっくりとユリーカから剣を受け取り、涙ぐむ。竜がプロポーズをして結婚して以来……時を経て、やっと帰ってきた番からの答えである。
このふたりは、竜皇と竜皇妃であったがゆえに、プロポーズの答えにかかわらず、番となり、夫婦となるしかなかった。
それならば、ユリーカがリュージュさまにプロポーズの答えを返したこの瞬間、ふたりは本当の夫婦……番になれたのだろう。
「あぁ、ユリーカ……ありがとう」
リュージュさまがユリーカをそっと抱き締めれば、広間に集まった御殿の使用人や、俺たちの供たちがわぁっと拍手を捧げ、ユリーカがわんわんと泣き始める。
全く……リューイが泣き虫なのは、ユリーカからの遺伝だったか。
ふと、うちの泣き虫を見れば。
「うぅ……っ、母上、父上……っ」
こっちもこっちで号泣していた。
でも……彼女たちの辿ったのは100年を越えた葛藤だからこそ。
泣き虫な愛しい番たちが泣き止めば、今度は祝いの席。ふたりが番になれたこの日を祝福するために用意されたご馳走を頬張る。
「こんなに嬉しいことは、生まれて初めてだな」
「……はい、リュージュさま」
その記念すべき日を、お膳立てできたことも、祝えたことも。それは俺とリューイの新婚旅行にとても大きな宝物のように、残り続けるだろうな。
――――そうして俺とリューイが竜皇城に帰る日。
馬車に乗り込む俺とリューイに、リュージュさまと共に、ユリーカが笑顔で手を振ってくれた。
「また、来ような」
「はい、もちろんです、クロム」
リューイは母の笑顔を思い出し、とても幸せそうに頷いた。
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