第33話 太古の森
――――さて、俺とリューイ、竜皇国からの新婚旅行組は今、舞台を変えて、太古の森へとやって来た。
新婚旅行の途中でここに立ち寄ったのは、釜のメンテもあるが、もうひとつ目的があるのだ。
「それにしても……お掃除とか大丈夫でしょうか」
「定期的に来てるし、そこまでしなくてもいいよう、錬金術で便利グッズも作っている」
「そうなのですか!?」
「まぁ、旅の前に色々とこしらえたんだ。魔力で動く自動お掃除ロボとか」
「そんなものまで錬金術で!?」
「俺を誰だと思ってんだ。それくらい作らぁ」
これぞ熟練の錬金術師ってな。
「あと、無人ってわけじゃない」
「……へ?」
リューイは首を傾げるが、隠れ家の扉を開ければ、そこには目当ての姿がある。
「ふむ、今帰ったか。ひとの子よ」
優しく微笑んだのは、オオカミの耳としっぽを持つ青年である。
「……え……だ、誰ですか!?クロム!獣人……っ!?」
いや、驚きすぎだろ、リューイ。完全にテンパっているが。
「我を獣人扱いとは……失敬な」
「彼は……獣人に似ているが、本性はオオカミ。この森のヌシだ」
「……え、ヌシ――――っ!?」
リューイと同じく、供のリファやスオウたちまで驚いている。
「ですがその……会ったことなど一度も……っ」
「いつ去っていくやも分からぬ竜の子に、ホイホイと姿を見せる我ではない」
ヌシがピシャリと告げる。その言葉にトラウマのあるリューイがしゅーんとなる。
「……しかし……ユグドラシルがそなたらを認めたならば構わぬ」
つまり、みな世界樹の森の中に招かれたものたちだからこそ。
「我も姿を見せたと言うことよ」
「そう……だったのですか」
「しかし竜の子よ。あの時は何も告げずに出ていったとはいえ、この森の大事な一員を娶った以上、捨ててどっかに飛び立てば、その翼の根元ごと食いちぎってやるから覚悟しろ」
いやいやヌシ。何えげつないこと言ってんだ。
そしてリューイは……。
「もちろんです!むしろ……クロムが逃げてもどこまでも追いかけますから!」
ヌシ相手に退かずに頑張るところは、竜の子の意地だろうか。
「はははははっ!なかなか良いのぅ。それと……逃げるのはクロムだったな」
そう言ってヌシが面白そうに俺を見る。
「だが、嫌になったらいつでもここへ逃げ込んでおいで。この隠れ家はいつまでも、とっておこう」
ヌシが優しく微笑む。ここもすっかり俺の……もうひとつの実家だな。
「そんな……嫌になりませんよね!?クロム!」
そして本気で涙目なリューイを見る。
「バァカ。嫌になるようなやつなら、とっくの昔に破門してらぁ」
「く……クロムったら……またっ」
だって、『破門だけは嫌ですからねっ』と念押しするリューイが何だかかわいいんだもの。
「それと、改めて……ヌシよ。俺の伴侶のリューイだ。よろしく頼む」
「ふむ……よかろう」
太古の森へ足を踏み入れても、警戒音を立てなかったことからも、きっとヌシは分かってくれていたのだろう。だからこそ、リューイとの結婚のことはしっかりと報告した。
――――一方で、次は工房である。
「リューイ、ちゃんと覚えてるか?錬金術の作法」
「えぇ……!錬金釜をピカピカに、ですね!」
それが釜の精への大事な作法である。釜をピカピカに磨き上げ、次は材料だ。
「材料は……これですね」
リューイが俺のレシピを見ながら、工房に保存していた鉱物や、色素になる宝石などを取り出してくる。
「俺は今回は見守るだけだ。教えたレシピ通りにやってみな、リューイ」
「……は、はい!」
リューイが真剣に材料を投入し、釜をかき混ぜる。昔は結構失敗してたが、今では手際も鈍ってないし、見事なものだ。
「ええと……これで完成ですね!」
光輝いた釜の底。光がおさまればその中の錬成物を取り出したリューイが、俺に見せてくる。
それはかつて、俺がリューイに捧げた祭剣にそっくりである。
「うん、ちゃんとした祭剣になってる」
女性や受け男子の手にも馴染みやすく、共に舞っても邪魔にならない小振りで持ちやすい短剣だ。
「だが、リューイ。これで完成じゃぁないぞ」
「えぇ……っ、どこかおかしく……」
「そうじゃない、そうじゃ。これはまだ無銘ってことだ」
「無銘……?」
「錬金術師として銘を刻む。消耗品ならパッケージになるが……こうしてものとして残るものには、銘を刻むんだ。そして、錬金術師は銘を得てこその一人前だ!」
「私はまだ、一人前じゃなかったんですか!?」
「……ったり前だろ、修行の途中で黙っていなくなったんだから。破門にしなかっただけ感謝しろ」
「そ……その時のことは……うぅ……謝りますからぁ……っ」
「はははっ。もういいって。誤解は解けたんだ。もう一度師のもとに弟子が帰ってきたんだ。今度こそ、俺の一番弟子として一人前になりな」
「……っ、はい、師匠!」
「そう言えば、師匠にもらったこの祭剣は……」
「持ち歩いてんのか?」
「当然です!いつも肌身離さず!」
「お前なぁ」
まぁ、リューイらしいが。
「でも師匠にもらった、宝物ですから」
「……リューイ……お前はもう……」
何だか照れ臭いな。
「それと……まぁ、それにも銘がある。柄を見てみな」
リューイが持っている祭剣の柄をなぞれば、その端に四角で囲んだ中に印された模様のようなものを指す。
「これが銘だよ」
「これが……!因みに誰の銘なのか分かるのですか?」
「何、お前もよ~~く知ってる錬金術師だ」
「師匠!?」
「いやいや、近いけど違うって……。こないだ会ったろ?」
「……リーシア大師匠」
その銘は、母さんの名前の頭文字を元にしてある。
「当たりだ」
「大師匠が作ってくださったものなんですか」
「……いや、作者は母さんだけど、正確には違うな。母さんは踊り子がこれを持ち、踊ることを願ってこれを市場に出した。多分銘から考えて……母さんの若い頃の作だ。それが巡りめぐって俺の手に戻ってきた。何だか不思議な縁だろ?」
露店で懐かしいものを見かけたもんだから、ついつい手にとってしまった。
「はい……!とても不思議で、すてきですね」
「サンキュ」
本当になぁ。まるで母さんが導いたかのようでたる。
「銘には……自分のイニシャルを入れればいいのでしょうか……私は竜皇としての専用の印を持っておりますが」
「いいや。これを刻むのは、竜皇としてではなく、錬金術師クロムの一番弟子としてだろ?」
「それは……っ、そうです」
「なら、竜皇としてじゃない。俺の一番弟子として刻むんだ」
「……っ、はい、師匠……!」
そしてこれを、ちゃんと届けてやらにゃあな。
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